「はぁー。」

気付けばため息しか出てこない自分に、杏奈はいい加減嫌気がさしていた。
何だってまたお見合いをすることになったのか。
やる気も興味も少しもない。
祖母の知り合いだという手前、体よく断るにはどうしたらいいか、そんなことばかり考えていた。

折しも前と同じ料亭だ。
行きたくなくて入り口の前で無駄にうろうろしてしまう。
このまま帰ってしまおうか。
いっそのことそうして、母と祖母の怒りをかって今後一切お見合いの話を持ってこさせないようにした方がいいのでは、等と邪な考えまで生まれる。

「杏奈さん?」

ふいに名前を呼ばれて振り向くと、そこには広人がいた。
ネクタイを綺麗に締めて、シワひとつないきっちりとしたスーツ姿だ。
背が高く細身の広人は、スーツがよく似合う。
それだけで見とれてしまいそうになる。

「こんなところでどうしました?」

「…広人さんこそ。」

「僕は、お見合いに来ました。」

「…お見合い。」

広人の口から出てきた“お見合い”という言葉に、杏奈は胸がズキリと痛んだ。

(やっぱり、広人さんも次を探しているんだ。何か、嫌だな。)

嫌だと思った瞬間、その気持ちはどんどん膨らんで杏奈の体を支配する。
今すぐにでも叫びたい衝動に駆られた。

けれど、それくらい嫌だと思っているのに杏奈の口からは当たり障りのない言葉が勝手に紡がれる。

「奇遇ですね。私も今日お見合いなんです。お互い上手くいくといいですね。」

「ほんとに、そうですね。」

広人はにこりと微笑んだが、杏奈はまったく笑うことができなかった。