そんな気持ちで軽く悩みながら過ごした数日後、親からまた電話があった。
親の経営する会社で働いているとはいえ、比較的大きな会社のため社内で会うことはほとんどない。
それに杏奈は家を出て一人暮らしをしているので、用事がなければ電話もしない。

「何?お母さん。」

ぶっきらぼうに電話に出ると、対照的に明るい母の声が耳に響いた。

「あなた、次の日曜空けておきなさいね。いいご縁談話があるそうよ。」

「また?」

「またって、あなたが心配だから言ってるのよ。ダメなら次を探すものでしょう?」

母のトーンは杏奈に有無を言わせず、いつも決定事項を伝えてくる。
杏奈はせめてもの抵抗で大きなため息を落とした。

「今回は先方さんがどうしてもって。」

「はぁ。前回だってそう言ってなかった?」

「そうかしら?とにかく、おばあちゃんのお知り合いだから、ちゃんと行ってきなさい。」

また祖母を言い訳に出す母に杏奈はいい加減嫌気がさすが、かといって杏奈も強く言い返すことができないのが現状だ。

広人に会いたいと思っていただけに、次のお見合い話は杏奈に暗い影を落とした。

(私に次のお見合いの話が出るってことは、広人さんだってそうなのかも。)

そもそも広人とのお見合いは杏奈から断ったのだ。
それ以上、何かあるわけではない。
断られたら次の相手とお見合いをする。
そんなことは当たり前に行われる。
それがお見合いというものだ。

なのに、それを思うと杏奈は急に全身がぞわっとする感覚に陥った。
広人が他の人とお見合いをする。
上手く行けばきっと結婚もするだろう。

(すごく胸がざわつく。)

カバンを開けると、あのとき借りたハンカチが返す機会を失ったまま入っていた。