考え事をしていたら、いつの間にかトレーいっぱいのパンを注文していた。

琴葉は会計をしながら丁寧にパンを紙袋に詰めていく。
その作業をぼんやり見つめながら、杏奈は意を決したように拳を握りしめた。

「あの、前は酷いこと言ってごめんなさい。」

呟くように言う杏奈の言葉に、琴葉は手を止めて少し不思議そうな顔をする。
そして、あっと思い出す。

「わー、そんなこともうとっくに忘れていました。ふふふ。杏奈さんってやっぱりいい人ですね。」

ニコニコと笑う琴葉に、今度は杏奈が不思議そうな顔をする。

「雄くんが、杏奈はいいヤツだからって言ってましたよ。」

「雄大が?」

琴葉の口から出てきた“雄くん”というワードに、杏奈は図らずもドキリとしてしまう。
まさか、雄大が杏奈のことをフォローしてくれていたとは思わなかったのだ。
嬉しいようなくすぐったいような、そんな気持ちだ。

「今日は来てくださってありがとうございました。」

琴葉はお金を受け取り、代わりに丁寧にパンを詰めた紙袋を杏奈に手渡す。
杏奈はそれを受け取ると、琴葉を見た。

今日、初めて目があった瞬間だった。

「また、来るわね。」

「はい!ぜひ!」

満面の笑顔で見送られ、杏奈はminamiを後にした。

別にモヤモヤしていたわけではない。
過去にとらわれていたわけではない。

だけど、とても清々しい気持ちになった。