静かな住宅地を歩き路地を曲がると、そこには控えめな立て看板があり、看板には店主を想像させる可愛らしい字体で【小さなパン屋さんminami】と書かれている。

杏奈はその前で立ち止まると、店舗の方をチラリと見やった。

(…来てしまった。)

ずっと足が遠退いていたパン屋minami。
転職して遠くなったからではない。
自分が追い詰めたであろうminamiの店員である琴葉に会うのは、とんでもなく気まずいのだ。
なのに。

(広人さんのせいだ。)

自分の行動を広人のせいにする。
広人が“謝ってみたら?”なんて言うので、何故かそれに感化されてしまって、今ここに杏奈は立っている。

自分の意思だとは思いたくない。
思いたくないのに、杏奈の心の中は“謝らなくちゃ”という思いでいっぱいになっていた。

よく考えてみればあの事はもう終わったことだから、今さら蒸し返すことではないのだ。
なのに杏奈はminamiに来てしまった。

ガラス張りで大きく開けた明るい入口は、何者も拒もうとはしない。
約一年ぶりに訪れるminamiだったが、杏奈が見る限り前と何も変わっていなかった。