そのことがきっかけで杏奈は早瀬設計事務所を退職し、実家が経営する三浦建設へ再就職を果たした。
過去のことは忘れよう、心機一転頑張ろうと思ってやってきたのに、この様だ。

広人は、突っ伏したままの杏奈に控えめに問いかける。

「その人のこと、今でも好きですか?」

「まさか?さすがにもう終わった話です。」

杏奈はガバッと顔を上げると、間髪入れずに否定した。

そう、雄大に対して未練などはないのだ。
あるとすれば琴葉に対する酷い暴言の数々。
そのときは何も考えられなかったけど、ほとぼりが覚めてから分かった自分の横柄な態度は、杏奈の頭の片隅にずっとくすぶり続けていた。

こんな話を広人にしたところで何か変わるわけではない。
むしろ広人にとっては、愚痴を聞かされて迷惑な話だろう。
さぞかし嫌な気持ちになったに違いない。

「幻滅したでしょ?私、性格悪いんですよ。」

杏奈は吐き捨てるように言うと、ふいと広人から目を背けた。

醜い自分を晒したことで広人に嫌われることは必至だろう。
誰にも言えず、自分自身もこの先ずっと封印したままだったであろう気持ちを、迷惑をかけっぱなしの広人になぜか吐き出してしまった。
広人にとっては迷惑な話だろうが、ずっとモヤモヤしていた気持ちをここで吐き出せたことで、杏奈の心は少しばかり軽くなった気がした。

二人の間にはしばらく沈黙が訪れた。