何とも惨めで泣けてくる。
杏奈はしばらく動けず、その場でへたりと座り込んだ。

「杏奈さん、お水飲みましょうか。」

杏奈が持っていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、広人はキャップを開けて手渡す。
素直に従ってコクンとひとくち飲むと、冷たさが胃に染み渡ったと同時に、少しずつ頭がスッキリしてきた。

広人は、未だぼんやりしている杏奈の口元をハンカチで拭いてやり、そのまま杏奈に握らせた。
広人の優しさが杏奈の心をじわじわと痛めつける。
時に優しさは残酷なのだ。
広人に詰め寄ったかと思えば粗相をし、あげく介抱されるなど、惨めにも程がある。

「…ごめんなさい、もう帰ってください。」

「杏奈さんを置いて帰れませんよ。」

「いいから!こんな姿見られたくない!」

杏奈が吐き捨てるように言うと、広人は口をつぐんだ。
二人の間にしばらく沈黙が訪れる。

早く一人になりたいのに、広人はそれを許してくれない。
それどころか、杏奈の隣に膝をついてしゃがみこむではないか。
そしてポツリと呟く。

「僕はこんな杏奈さんの姿が見られてほっとしています。」

意味がわからなくて、杏奈は思わず顔を上げる。あからさまに不機嫌で、涙で化粧もボロボロで、髪の毛だってボサボサになっている
最悪の状態なのだ。
それなのに、なぜ広人はそんなことを言い出すのか、杏奈にはまったく理解できない。
睨むように広人を見るも、広人は逆にふわりと微笑んで言った。

「杏奈さんはとても綺麗で見ているとドキドキするくらい魅力的です。仕事も第一線で活躍されているし、何というか、いわゆる高嶺の花ですね。だけどこうやって酔っぱらったり怒ったり泣いたり、とても人間らしい部分がかいま見えて、改めて可愛らしい人だなと思いました。」

「はぁ?!」

綺麗だとか魅力的だとか、高嶺の花だとか。
改めて可愛らしい人だとか。

言われたことがすんなり頭に入ってこず何度もリピートしてしまう。
そうして次第に受け入れられるように頭が働くまで、杏奈はポカンと間抜けな顔をしていた。