澄んだ空だった。
繁華街なので星は見えない。

「あー、月が綺麗だわー。」

駅までの道程、杏奈が空を見上げながら言う。

「杏奈、飲み過ぎ。フラフラしてるよ。」

一歩前を歩く杏奈に注意しつつも、愛美も相当フラフラしている。
夜にゆっくりお酒を楽しむことが久しぶりすぎて、二人ともすっかり飲み過ぎてしまった。

杏奈に至っては、むしろやけ酒のようなものだった。
愚痴を聞いてもらいつつも日頃の鬱憤を解消するためにとにかく飲む。
酔えば、何とはなしにストレスが軽減されるような気がした。

けれどお酒が久しぶりだったこととやはり飲む量が多かったのかもしれない。
愛美と駅前で別れて一人になったとき、杏奈は少し気持ちが悪い気がした。
このまま電車に乗ってしまうと逆に電車酔いしそうな気がして、とりあえず近くのコンビニでミネラルウォーターを買う。

車止めにもたれ掛かってひとくちミネラルウォーターを飲むと、胃に染み渡るようだった。

「はぁぁぁぁー。」

やけ酒をしたくせにいつものため息が出てしまうことに、杏奈の気分は最悪だ。

まったく、何をやってるんだろうか。
仕事も上手くいかない、恋愛も上手くいかない。あげくやけ酒だなんて、自分が惨めに見えてくる。

「…だから上手くいかないんだよなあ。」

ポソリと呟いた声は自分自身を戒めた。
何が杏奈をそんなにモヤモヤさせているか、本当はわかっているのだ。
仕事が上手くいかないことではない。
それはそれで十分悩んでいることのひとつだが、そうではない。
今一番杏奈を悩ませているのは、まぎれもなく広人の存在だった。