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あるとき、少女が悔しそうな顔をしたまま、長机に文鎮や筆をおいていくのを見て、彼は訊ねた。
「何かあったのかい?」
少し黙ってから
「喧嘩したの」
「喧嘩? 珍しいね」
「妖精がいるかいないかって話になって。私はいると思うって言ったら、バカにされたんだもん。そんなの信じてるのって」
「妖精? ああ。妖精か。君の世界には妖精がいるんだね」
うんと頷いた。
「先生は? 妖精信じてる?」
彼もうんと頷いた。
「そうだよね。いるよね」と顔を輝かせた。
「この世界は一つに見えて、一つじゃないんだよ。幾重にも重なっていると思えばいい。例えば妖精がいる世界と妖精がいない世界がある。どちらが正しい正しくないではなくて、ただ世界が違うだけなんだ。妖精のいない世界には、妖精がいないが正しいんだから、比べる必要もないんだよ」
「そっかぁ。わかった」と素直に頷いた。
「君は妖精に守られているのだから、うんと力を貸してもらえばいい。書だって、君が創造する以上のものを書かせてもらえるようになるよ」
「そうなの? じゃあ、力貸してもらう」と丁寧に墨をすり始めると、喧嘩のことなど忘れてしまった。
彼は、この少女といると、とても清々しさを感じた。