初日は彼の家まで、母親が付き添った。

通されたのは、畳の部屋だった。床の間には掛け軸と厳かな花々が飾られていて、中ほどに長机が一つ置かれていた。縁側があり、そこからは、綺麗な庭もよく見えた。

「よろしくお願いします」と、嬉しさで胸がいっぱいの少女は彼に元気よく挨拶する。
「よろしくね。僕も先生になるのは、初めてなんだ。君と楽しく学んでいけたらいいと思ってる」と手を差し伸べ握手を求めた。大きくて、優しい手だった。少女はドキドキしながら、その手を握り返した。

「綺麗な石だね」と少女の首もとに目がいった。乳白色のとても綺麗な石のネックレスをしていた。
「はい。お守りなんです。ママからもらいました」
そうと優しく微笑んでから
「今日は、何を書こうね?」
彼に訊ねられ、「風がいいです」と答える。
「うん。じゃあ、風を書こうか」

彼は、その日に何をするのか前もって決めないひとだった。
書く文字も彼が決める日があれば、少女が決める日もある。
書を教える日もあれば、一緒に庭の土いじりをしたり、花をいけたりするときもあった。
少女が眠ければ、一度眠ろうと昼寝さえすることもある。
書くときでさえ、「その文字を見て、感じるままに書けばいいよ」と言うくらいだった。
表現と言うものは、自分の中にある愛が溢れ出るものだということを、わかっていたからだ。
少女は師の教えるままに学んでいこうと素直に学んでいったので、自然と上達していった。