「じゃあ、あと、わからないことがあったら言ってね。あと、今日よかったらご飯、うちでって。ヨウイチさんも来るから」ナギサが言うので、訪問する時間を決めて見送った。

縁側から障子を開けると、畳の部屋だった。
木の棚や、勉強机、小さいテーブルなどが揃えられている。奥に押し入れがあって、そこに布団がしまわれていた。
触れて顔をくっつけると、新しい匂いがした。
丸い窓には、木の枝に連なったサンゴや貝が吊るされていた。何かと思って窓を開けると、風になびいてリンと綺麗な音がした。手作りの風鈴だ。
何もかも自分の為に、準備してくれたものなんだな。

感謝して、先に送っていた荷物の荷ほどきをした。
丁寧に梱包を紐解くと、額縁に収められた「風」の文字が現れた。
「先生」
壁にかけて、眺めた。先ほど、我慢した涙が自然と流れた。

『次に会ったら、もっとお互いが素敵なひとになっているだろうから、一緒にいる時間がとても楽しくなると思うよ』

別れの際に、先生はそう言った。
今の私ではどうだろう。そんな風に先生は感じてくれるだろうか。
次に先生に会ったときは、胸を張って会いたいと頑張って来た。だけど、頑張れば頑張る程、いろんなことがうまくいかなくなった。
大好きだった書道でさえ、今じゃ、筆を置いた。
先生の描く、素敵なひとに自分はなれていないと思う。それなのに、先生にまた弟子入りを願うなんて虫のよすぎる話だ。
そんな私でも、昔のような笑顔で、迎え入れてくれるだろうか。
迎え入れてくれないような気がする。
それを考えると、本当はずっと恐かった。

足音が近づいてくる。