どこかに移動するようで、警備員が道を作ると、少女の瞳にその書道家の姿が映った。
(この人が書いたんだ。だって、あの風の文字と同じ感じがするひとだもん)
少女はこの書道家のことなど知らなかったのだけど、ただそう感じた。

思わず駆け寄ると、「弟子にして下さい」と言っていた。
警備員が少女を注意しようとするのを、彼は静かに制した。少女の奥には情熱の愛があった。
書道家は、弟子、なんてものをひとりもとったことがない。
とる暇もなかったし、自分は人に何かを教える程の人間でもないと思っていた。

彼はしゃがんで、少女に目線を合わせる。
「弟子になりたいの?」
「はい。だって、愛を文字で書けるのがすごいって思って」

周りにいたファンのひとりが、少女の言っていることが可愛らしくてクスリと笑った。小学校低学年くらいに見える少女は、まだ愛という文字が書けないのだろうと思ったからだ。

「あったかかったです」と少女は満面の笑みで伝えると、その書道家は頬を緩ませ、先ほどよりも優しい顔つきになる。