そのひとを初めて見たとき、風のような人だと思った。
都内の大きな百貨店で、ある書道家の個展が開かれていた。
少女は母親に連れられ、その催事場に足を運んだ。壁には綺麗な額縁に入った沢山の文字が飾られている。
「愛」と書かれた文字を声に出して読み上げると、自然と胸が温かくなった。
(愛って、書けるんだ)
感動しながら、歩いた。
「静」
誰もいない湖畔に一人たたずみ、水面を眺めているような静寂があった。
「炎」
胸の中が静かに燃え盛るような情熱を感じさせ、「風」は優しく爽やかな聡明さを感じさせた。
母親とはぐれていることも気づかずに、一枚一枚の文字を読み上げ味わっていくと、いつの間にか涙がこぼれていた。
少女の中のとても懐かしい感覚を思い起こさせていた。
(なんだろう、この感じ)
目元を拭っていると、会場の隅に人だかりができていた。その中心には着物姿の青年――この個展を開いた書道家の姿があった。警備や彼のファンに取り囲まれているが、十代の終わりの歳というのに、とても落ち着いていた。