「これは私と私の家族の問題だ。私から説明する」

 そして、私の事を見下ろしながらそう口を開く。その低い声は、不思議と少し心地よいくらいだった。彼が指を鳴らすと、椅子がモヤとともに現れる。彼はそこに座った。

「私の名前はレオニード。この魔国の魔王である」
「その、まこく? ってなんなんですか? 私、地理は得意じゃなくてそんな国の名前聞いたことないんですけど……」
「それはそうだろう。ここは、あなたが今までいた世界ではない」
「へ?」
「いわゆる、異世界というものだ。私たちは、あなたとここに呼び寄せた」

 全く話について行けない。しかし、彼――レオニードと名乗る自称魔王は、そんな私の様子には気を留めずにどんどん話を続けている。

「我々は、ある重大な問題を抱えている。それを、あなたに解決してもらいたいのだ」
「問題?」
「そう。……我が娘、エミリアに関わることだ」

 彼はふっと視線を女の子に向ける。女の子は少し萎縮したように肩をすぼめた。

 そんな重苦しそうに重大な問題と言われると、心臓がぞわぞわと忙しくなり、少し怖くなって背筋が凍えた。どんなことを言われるのか、私の覚悟が決まらないまま彼は口を開こうとする。私はぎゅっと目を閉じて、次の言葉を待った。

「エミリアは少し……いや、とても、好き嫌いが激しい」
「……はい?」

 恐る恐る目を開けると、魔王様はとても深刻そうにため息をついていた。エゴールというばけ……ゴブリンもやれやれと言わんばかりに頭を振っていた。

「す、すききらい?」
「偏食がひどいんだ」

 魔王様はさらに深くため息をつく。

「国中のコックがどれだけ手を尽くしても、我が国の王女・エミリア様は好きな物をお召し上がりにならないんです。放っておいたら、お肉と甘いものしか食べないんですよ」

 女の子はプイッと少し顔を横にそむけた。きっとこの子が、王女様なのだろう。言われてみたら、レースがたっぷり施された、ふんわりと膨らむ上等そうなワンピースを着ている。彼女は、少し腹を立てているように見えた。

「野菜と魚が口にいれたくないくらいお嫌いみたいで……どうしようかと、国一番の占い師に相談した時に、この世界ではない違う世界では、子どもの好き嫌いをなくすために努めている職業があるというのです」
「確かに、私の世界にはそういう仕事をしている人がいるけれど……まあ、私が目指しているのもそういう栄養士だったし」
「そう! 占い師が言っていたのです! エミリア様の好き嫌いを治すのに最も適しているエイヨウシこそ、あなたであると!!」

 エゴールはビシッと私の事を指さす。

「私はまだ栄養士じゃないんですけど! まだ勉強中で、いわば栄養士の卵というか……。私なんかよりも、もっと適した人がいると思うんです!」

 王女様の好き嫌いを治すなんて、あまりにも荷が重すぎます! そう言いかえしても、エゴールにはどこ吹く風だった。

「この国で一番の占い師があなたであると言ったんです! 占い師が間違うわけないでしょう!」

 自慢げに胸を張るエゴールに言い返すこともできず、私は言葉を詰まらせる。どうしようか悩んでいると、魔王様が席を立った。

「気絶したから大丈夫か心配したが……特に問題なさそうだな」
「へ? え、えぇ……」

 健康なのが私の取り柄だ。

「もし体調がいいのであれば、厨房を案内したい。気分転換も兼ねてどうだろうか? 気分も変われば、気持ちも変わるかもしれないだろう」

 魔王様はマントをひるがえして、ドアに向かっていく。拒否できる雰囲気ではないみたいだ。私はベッドから出て、魔王様について行った。

 城の中は、廊下に小さな炎が灯っているのに薄暗かった。窓の向こうもどんよりと曇っていて、何だかいまいち気分が乗らない私の気持ちを表しているようにも思える。

「すまないことをした、急に故郷から引き離してしまい」
「へ?」

 見上げると、魔王様の黒い瞳が私の事を映し出していた。

「戸惑うのも無理がないだろう」
「はぁ……」

 私は立ち止まり、その目を見つめ返した。

「やっぱり、私じゃない方がいいと思うんです。私だって、まだまだ勉強している身ですし……」

 学ばなきゃいけないことは山ほどある。基礎だってまだできていないのに、こんな所で実践に移している場合じゃない。

「私なんかより適任な人、絶対にいますよ。もっとベテランな人とか。あ! 有名な栄養士の先生とか! どうしてそういう人たちじゃなくて、私なんですか?」
「占い師が君にするべきだと言ったからだ」

 この人も、その占い師の言葉を信じるらしい。……恨むぞ、そんな事を言ったまだ見ぬ占い師め。

「もちろん、それだけではない」

 魔王様は廊下の先を見て歩き始める、私は慌てて魔王様を追った。彼は私に比べると足が長すぎるので、歩くリーチにも差が生まれる。私は少し早歩きでついて行く。

「占い師が、君が最適であると言った後、私は君の事を見ていた」