元伊勢ならぬ、元小京都。
温泉地も近い 屋敷町の中、
『武々1B』
と 黒の縦看板に 白く印された 、邸宅に、赤のスポーツカーが止まる。
運転席から、紙袋を3つも持った 男が降り立ち、恐る恐る歩いて邸宅のドアを開け、中に消えた。
両足骨折後。男こと、ハジメは ようやく、4ヶ月ぶりに 自身が経営するギャラリー本部に顔を出す事が、今出来のだ。
「あー!!おはようございます!!てか、退院おめでとうございます!!オーナー」
開口一番に、お祝いの言葉を贈ってくれたのは、本部作業をしてくれる女性スタッフの シオン君だ。
顔立ちもスタイルも ごく一般的な彼女。うーん、チョイと瞳は大きいかな?ぐらい。
なのに、目を引く雰囲気は、髪や白肌、瞳の色が明るいからだよねん。なんだろね?人タラシ女子なんだよ、この子がね。
そのせいか 今日も、金色のオーラが全快だねぇ、君。
「オーナー、退院おめでとうございます。全快という事で、よろしいのでしょうか?」
そう労い?言いながら、
『ハチドリ』の装飾が ローズフレームにある 眼鏡を、クイッと
指で持ち上げる女史。ヨミ君。
こっちは、いかにも、出来る秘書系美人。それでいて、某歌劇団好き。歌劇団世界の男性は、世に言う男とは、種類違いますから。あれは、妖精、フェアリープリンス!
そんな目をして、私を見ないで欲しいな~。『おまえ、両足骨折するか?フツー』みたいな目をしてる、してるよねっ!!
しかも 本部リーダーである ヨミ君、なにやら不穏な書類の束を持って 近寄ってくれるじゃないか。
なに?っ、そのダークな笑顔、女史の機嫌斜め下~?♪
「いや、参ったよ。両足骨折ですからね。歩けないのでは、お話しにならないでしょっ?」
ハイ、御世話かけましてSorry ランチね~と、
奥から出て来てくれた マダムサカキバラ(←略してマダムって呼んでるからね)に、
テイクアウトの バル紙袋を3つ、手渡す。
女子には、手土産絶対 マストなんでしょ?!オーナーは 絶賛ゴマすりますよ~。
「ハジメ様、お帰りなさいませ。まあ、まあ、あのお店のピザに、パスタでございますか?!」
マダムが、袋を チョイと開け見て、喜んでくれる。
いつも、Thank Youで~す🖤
マダムが好きなピザだよん。
あ~、あらら。
もう、紙袋のランチに 皆の興味が ・・・。現金な社員だなぁ。も~ちょっとかまってよ。
「ぎゃー、オーナー最高ー。ちゃんと、特製フルーツサワー達も、買ってるじゃないですかっ!ほら、先輩! 『ハチリンゴにローズマリー』ありますよっ!!」
って、シオン君の興奮が、半端ないね?あぁ、生いちごサワーが、零れそうじゃないか!
しかも、ヨミ君のサワードリンク、本当にそれでいいの?味。女史って、わかんないな~。
「はっ、ホタルイカに菜の花・ピザ!!オーナー、バルに大分無茶を言われたのでは?!本当、御坊っちゃまオーナーは!」
えぇ、ヨミ君。酷いよ。ちゃ~んと、心からお願いしたのに。
「なら ヨミ君は、差し入れランチこれからは、無しってことでっ。」
ハーイ、パンパンと手を叩いて 解散解散。ちなみに、ヨミ君の奇声は、無視で~す。
「じゃ、お仕事だよ。宜しくね~。ヨミ君、私にだよね、その手の束?貰うよ。シオン君は、午後から打ち合わせで。マダム、いつものをデスクに。で、サカキバラには、シオン君と打ち合わせしたら、顔見に行くよ~って言っといて。」
さあ 休んでいた分、お仕事ですよ~。じゃ、 ヨミ君の手から、かっさらった書類から目を通すかな。
ああ、すっかり入院中に桜も散ってしまったし。
「『古九谷の杜』の桜、来年にお預けかぁ・・・」
ハジメにとって、一番 北陸の桜らしい眺めを 頭に描いて、デスクチェアを引いた。
近年、アートイベントが全国的に開かれ、ビエンナーレや、トリエンナーレといった 美術展覧会が 毎年、どこかの地域で開催されている。
『武久一』たけひさ はじめ。
彼は、ギャラリーオーナーである。ギャラリーといっても、テナントを構えているわけではない。ファッショントラックや、ポップアップストア、キッチンカーといえば 分かりやすいだろうか。
ベースギャラリーを持たず、全国のあらゆるスペースを レンタルして、期間限定のギャラリーを開く、『旅するギャラリー』の代表である。
時には、ラグジュアリーホテルのワンフロアーをギャラリーにする事もあれば、サーカステントでギャラリーを開く事もある。
それに合わせて、扱うモノも多岐にわたる。純粋芸術品だけではないのだ。
そして、その本部オフィスを 元、小京都と言われる地域に構えている。
ところで蛇足までに言えば、
『小京都』と言われる場所は、全国で44箇所。ピーク時には、56箇所もあった。全国小京都団体なるものもあり、本家京都も筆頭加入県だ。
ハジメは、マダムが淹れてくれた、『深い海のブレンド珈琲』を ブラックで 口に含む。
片野海岸のカフェで自家焙煎される、彼お気に入りのコーヒー。
「ああ、当分病院は ごめん被るよ。全く、外に出れないのは地獄だよねぇ。ま、ナース君達は、皆素敵だったけどねん。」
ハジメは 窓を開け、部屋に 風を入れる。
春も、新緑がやわやわとした色を出し 夏を目指して、伸び始める季節。
日本で最も古い風の名前『あいの風』。北陸に、 スモーキーCOLORな『あいの風』が吹く季節がやって来た。
コクの深い薫りを燻らせる、コーヒーカップをデスクに置いて、ハジメは 安堵するように ハイバックに凭れた。
風に揺蕩う 薫りを囲って、
この場所が 一番だ、と 言わんばかりに。
『コンコン!』
ハジメがいる 2階のオーナーズ・ルーム。
黒く塗られた そのドアが 軽快にノックされた。
「オーナー。失礼しますー。」
ハジメが 出勤時に指示をした通り、この春から本部オフィスに異動した シオンが ドアから顔を出した。
お、いろいろ 持って。よく ドア開けれるねぇ。ん、
ハジメは、チラリと重圧なキングデスクから ドアを見投った。
ランチは終わったんだ~。
あ 、時間過ぎてるよ。集中してたら、 全然気がつかなかったねぇ。
そんな事を 考えつつ
「どうぞ~。シオン君、みんな、ちゃんとランチ、出来たかな?」
ハジメは、書類を 下ろした。
あっと、マダムにコーヒー淹れてもらうかな。と思っていたら 顔に出てたのかもしれない。
「オーナー、ブランチ終わってるなら、あたし、お茶なら、淹れますよ。」
確かに 今日の ハジメは、大学病院から退院して、そのまま『クロックマダムモーニング』を遅い朝食に食べていた。
なので、
お、中国茶だよね?いいねぇ。その 荷物。やっぱり野点仕様のお茶セットだったんだねん。
打ち合わせまでの、気分転換に シオンの用意を待つ。
「じゃあ、お願いする~。今日、シオン君が、淹れてくれるのは、どんなお茶か、楽しみだなぁ」
もう シオン君は、茶盤の用意している。
中国茶の良さは、この作法を客人の前で、こんなに 気軽に出来るところかな?ん。ハジメは 興味深く、相手の手元を見つめた。
茶盤の上に、小さな急須茶器が乗せられ、茶匙には茶葉。
「今日は、武夷岩茶の水金亀でーす。」
うん、なるほどね、茶器を温めるのかな。
急須に たっぷり湯が注がれ、蓋。その上から、またお湯が 優雅に 注がれる。
「シオン君、こっちには どう?慣れた?」
茶盤の急須を、シオンは ひっくり返して、湯を茶盤へ溢すと、
「お陰様で。と いっても、普段からSkypeで 毎日ミーティングしてましたし、ヨミ先輩とは、個人的に旅行行ったりでしたからねー。」
そう 答えながら、今度は 急須に茶匙の茶葉を入れる。
いよいよ、お湯を注ぐよ~。細ーく、小さな円を急須に書くように・・・。いいねぇ。
ハジメは、ジッと急須の中を見つめるながらも、
「こっちに異動してもらったタイミングで、有給使って休んだんだよね~。ヨミ君が、今度から2人で旅行に行きにくくなったって、嘆いてたよ。」
急須に蓋。
その上から、シオンが 湯を細く注ぐと、青い茶葉の薫りが立ち上がる。
うっとりするねぇ。
「ははっ。この、信楽旅行も、散々同行したかったーってゴネられましたよ。では、オーナー。まず、お茶の薫りをどうぞ。」
話ている間にも、
シオンは 高く持ち上げた 急須から、
細く細くお茶を 虹をかけるように、雫まで、
ミルクピッチャーみたいな、茶海に移して、
聞香杯に注ぐ。
「綺麗な金色の水色だね。ふう、これは。ライム? 橘? お茶なのに、そんな薫りがするなあ~!」
その香りに、ハジメは感嘆する。
茶海の1番茶を急須に掛けて、
再び、湯を注がれた急須。
蓋の上から、湯を注ぎ、
急須を持ち上げ、
シオンは
再び虹をかけるような所作で、
茶海に 金色の水を注ぎ切った。
これは、
「まるで、『正義の女神 テミス』みたいだよねぇ~」
剣と天秤だけどね?って 私が、
笑ったからかな?
シオン君が 不可解な顔しちゃったな。
ハジメが 観察しているのを
気がついた、シオンは
「オーナー。懺悔でもしたいんですかー?ワインとパンの方が良かったです?」
口を弓なりにして、
金色の水が入る小さな茶器と、干菓子を トン、トンと ハジメの前に差し置いた。
あは!、渡し船と水紋の干菓子だよ。
ハジメは 前に置かれた皿にご機嫌だ。
「急に田舎の本部に異動でしょ?不便で困ってないかな~」
う~ん。
喉の奥に 淡く爽やかやな甘味と青み。
今、私は、蘭の花の薫を飲んだよ。
飲む度に、味の顔が変わる。
そんな脳内感想を漏らしつつ、ハジメは、シオンに 異動の悩みを聞いた。
「あんまり、素敵すぎてビックリしましたよー。だって、流し舟がある街なんて想像つかないですし。それに、海も、川もあるのに、古いお屋敷もあって。まるで 映画の中に居るみたいな街ですよねー。」
意外にも、シオンから苦情はない。
彼女も、この街を気に入ってくれたみたいだね。うん。良かった。テミスの淹れる、お茶も 優雅で、両足の違和感を 忘れさせてくれたし。
このシオンの台詞で、ハジメ的には、打ち合わせの半分を終えた。
「私は、海がいいんだよ。喘息あるから。ねぇ。シオン君って、家庭的なの?」
自分のお茶を淹れる、シオン君。
茶器から ほら、お茶が溢れてるけど?大丈夫?
そんな、心配をする ハジメに、
「家庭的じゃ!!ないですよつつ!!。オーナー、なんですか?!急に気持ち悪い。」
何?全力で否定された。
ほら、こ~ゆ~、お茶とかお菓子を 用意し慣れてるじゃない?っと、ハジメは 目の前の茶器達を シオンに示してみる。
「残念。シオン君は、家庭的じゃないの~?」
「じゃあっ、オーナーは、あたしが、家庭的だと言ったら どうなんですか?!」
あ、ちゃんと お茶のお代わり。私の分淹れてくれるんだん。
新しく淹れられた茶器の中身を含みつつ、
「そりゃあ~。・・全力で 口説くけど?」
ハジメは あっけらかんと言い放つ。
「は?」
「なに~?」
でたっ。シオン君の片手を額に当てるの癖~。
ニコニコする ハジメが、言い重ねる。
「私はぁ、・家庭的なヒト』と結婚したいんだよ。それだけなんだよ。だから、誰かいたら、紹介してくれる、シオン君?。で、家庭的じゃないんだよね?君は?」
Skypeじゃあ、わからないままだったけど、趣味は合うって、気がするし。ほんと残念だなぁ。
あ、シオン君 、机、今、叩いた?
「オーナー!あたし、人生を一緒に過ごすぐらいなら 出来ますけど、子ども作る行為をオーナーとは想像できません!」
ダン!!と机を叩いて、シオンがハジメに、噛みつく。
うわあっ?!直球過ぎない?!
でも、ここは譲れない主張をと、ハジメも、
「子どもは、欲しいんだよぉ?私も。て、家庭的と関係ある?」
と シオンに 後半弱めに聞いた。
シオンの目が据わってる。
ハジメが、仕事の打ち合わせに、話かえようかなあ~。と、思ったが、
「家庭的!家庭的って!オーナー!家庭的かと聞かれて、『家庭的だという女』は、十中八九、オーナーを狙っている『家庭的ではない女』ですよ!!そんな 中2ヤローは、ちゃんとセックスが出来んのかって?!って モラハラ、セクハラ話です!!」
えーーーーーー!何!!そんな目で 私を見てるの!違う違う違う!
心外だよ!と言わんばかりに ハジメは、シオンにアワアワとする。
「家庭的?とりあえず覚えておきますけど!誰かいればですけど! さあ!オーナーが入院中に次の企画展にどうかと ピックアップしたモノ!その詰めしますよ!モノも 幾つか、アトリエに入れてますから、見ておいて下さい!」
怖い。
ゲジゲジ🐛見るみたいな目。
武夷岩茶って、ミネラル豊富なんだよね?
シオン君、もっと 『水金亀茶』飲んだらいいよ。
ほら、イライラはミネラル不足も大きいから~。て、なんで 私が思ってること 分かるって顔?
女子って、難しいよねぇ~はあ。
と ハジメは、甚だ シオンに失礼極まりない感想を心に留めた。
ハジメの茶器に 5煎目の茶を注ぐと、シオンは 細い目を止めずに、企画展のリストをハジメに押し付け、
開けたままの窓を閉めに行く。
濃く揺る 中国茶の薫りは、
風に乗って、
屋敷の外まで
流れて出ていたのだ。
『ガーッ、ジャーッ、ギュギューッ..』
白のレンタカーが、楽しそうに 轍を付けながら、波打ち際を走っている。
『ザザーザー…、ザーザー…』
轍を洗う、波に タイヤは沈む事なく 廻る。
『ギュッ!ギューンギュギューッ!キーキー!!』
たまに、ドリフト紛いに 勢い良くハンドルを切ろうとする、嬉々とした 運転席の男←カスガ。
「先輩!!スッゴいテンション上がるっす!砂浜走るって、CMみたいっすね!よっ、」
『ジャーツツツ、ガッガーッ!!』
助手席で、アシストグリップを 苦い顔をして握る男。レン。
「カスガ。余り、無理すると レンタカーだよ?タイヤ、大丈夫なのか?」
そう 運転席の後輩に 無駄な苦言をすると、レンは ため息を派手について、ミラーに 視線を投げた。
「カスガ。後ろの車。きっと、迷惑してるよ。そろそろ、やめようか?」
『クッ、グン!』
「・・・」、
「ハハ!ウソです!了解す!!」
ようやく、通常運転に ハンドル裁きを戻した カスガは、今度は、波に寄せて車を走らせる。
途端に、タイヤから水飛沫が派手に上がった。
「カスガ。やめろ。」
「えーっ。スッゴい気持ちいいじゃないっすか?!」
飛沫は、強く吹く風に乗って、
車体に叩きつける。
レンが、口を弓なりにして
「しつこい。後ろが、迷惑するよね?」
作り笑顔で、言い放った。
こいつ、後輩カスガは、
今日 ずっと、こんな調子だ。
浮かれすぎだ、いくら 非日常な風景だからと、レンは 目を細める。
「カスガ、顔合わせまでに、酔いそうだ。やめろ。」
そう、氷の貴公子の様な美顔を、
苦虫を噛み潰したような表情にして、
レンは、カスガに最終宣告をした。
『ザーザー…ザザー…』
何羽か、波の上を海鳥が 翔んでいる。
羽田から、里山空港に 降りたってからの 後輩は
能登半島の自然に圧倒されているのだろう。
日本海に、最もせり出した この半島は、ぐるりと海岸線に囲まれ、その為に出来る 景勝がいい。
晴れた空の 日本海
無理もない。
あえて言うなら、
空気の猛々しさ、
粗野な風が、
雄に 何か 湧くモノがあるのだろう。
そして、今 8キロもある
『なぎさドライブウェイ』を走る車。
砂浜をそのまま、車やバイク、自転車で走れる。
もちろんバスもだ。
たまに、大型観光バスが、波打ち際を走っている。あの運転手も、ノリノリか?笑えるな。
あれだ、無礼講・・・
「スゴいスゴいっす!向こうの方に ドでかい風車も 見えますよ、先輩!まるで 映画みたいっすね。叫びそうっすよ!!」
カスガ・・・。
「そうだね、風景が、浮世離れしてるよ。そこかしこに、風力発電の羽が回っているからかな。カスガのネジも 飛んでいるのか?」
興奮甚だしい、カスガだ。
よくやく レンは、助手席のアシストグリップから 手を離して、
水色の空と、紺色の海を見る。
飲み込まれそうな 独特な紺色。
「航空大学って、空港の中にあったんすね。ドローン専門の学科、あれ、俺も受けてみたいっ!」
まあ カスガは、映像系が専門分野だからね。
と レンは 電話を開く。
窓から潮風を受けていたのを、ウインドウを閉じた。
「小松の空港は 自衛隊の駐屯だし、北陸の特性かな。あと、今回は福井空港にも顔出すから、覚えておけよ。」
レンは、手早く 車の案内表示を開いて、追加の入力をした。
「先輩。福井って、空港ありましたっけ?」
車に入力された地図を、片目を瞑って、カスガが 確認する。
海から差し込む、太陽が白く光って、画面が見にくいらしい。
「あるんだよ、こっちからなら、あわら温泉の向こうになるか?グライダーとか、ヘリの空港だから、定期便は もうない所だ。その代わり、大学や、研究所の航空部が使ってる、春江空港だ。」
あー、春江ですか?!とカスガは納得の声を上げた。
右にはどこまでも続く 紺、日本海。
左には、緑平地に、風力車の巨大な姿。
空は水色。
足元は白く泡立つ波に砂。
「先輩と、営業先周りの旅!最高のロケーションっすね。」
「さっきもだけど、次も大事な所だから、宜しく頼むよ、カスガ。」
レンは、チラリと運転席を見る。
そろそろ『終点 END』と看板が出て来て、国道に入る道になるはずだ。
国道に戻っても、当分は海沿いの直線道。
この道は、
日本から北極に向かってそそり立つ半島の直線道。
あとは、北海道の232号留萌からはしる道ぐらいか、
北極に向かうような海岸道は。
まるで、果てが無い 風景は続く。
北陸地方のイメージ。
雪が多く、食べ物が美味しい、加賀百万石。
といったところか?
最近なら、アニメや、アート、ドラマロケのイメージもあるかな?
レンは、隣で運転する カスガを 眺める。
北陸は、日本海に面する地域において、世界レベルの工業集積地帯だ。
三つの都市圏からも、等しい距離に位置するし、環日本海でも、中央に位置する。
北陸新幹線も、通ったしな。
でも、国内だけの見方じゃない。
昔から、アジア側 海外の 交易、防衛の玄関口ともなっている重要地域だ。いうなれば、半島が出っぱってる分、中韓国に接近している。
近年なら、電子、デバイス、回路製造業が高い産業。
繊維、医療分野も強いな。
北陸は、オンリーワン企業、独自技術の企業を多く有している地域だ。常に研磨している。
ふと、海を飛ぶ 海鳥に レンは目を移した。
強くて、安定した風に見舞われる風土か。
風力発電も 企業進出がされ現在、風力車は81基ある。
一時は90基はあったな。
海洋上型、風力発電のポテンシャルも大きい、。
ヨーロッパみたいな、海上風車の商用運転が、これから 続々と始まる。
この風のせいだな。
航空機、宇宙部品の生産。
航空機産業クラスターも 北陸は発足させている。
そろそろ、レン1人でカバー出来る量ではなくなる。
レンは、企業研究部の営業、全国を飛び回る。
もともと大学では、電子研究をしていたが、そのまま 残る事はしなかった。
家業を継ぐ事を拒んで、大学進学で上京。そのまま仕事を理由に、郷里に帰らなかった。
そして ようやく、この春
母親が亡くなった事で 郷里の土地を踏んだのだ。
その事が、レンに心境の変化をもたらしたのか?
企業の研究部署といって、研究メインではない。
大学の研究されたモノを 企業として商品やシステムに転換するための構築研究といったところか?
レンは、その大学や全国の研究機関を回って
真金に成り得るモノを見極める。そこそこに役職ありだ。
この国は、この一瞬にも
新しい未来が 生まれている。
その、尾翼に 手を伸ばし続けて
ひた走ってきたレンは、少し その手を ヒトに
預け拡げた。
海鳥は 高く 高度を上げて、
後ろの セルリアンブルーの空に
吹き消えた。
「カスガ、この松林が開けたら 芝生の 『道の駅』が左に出てくる。そこで、交代するよ、運転。」
どこまでも 広い空の下、低い松が続く 。
それでいて、開放的な国道を
気分良さげに 走らせる後輩に、
レンは 明るく 告げた。
西の奥座敷といわれる、加賀百万石。
北陸新幹線の開通で「鼓門」をくぐる観光の足は格段に増えた。
シオンは、ヨミの車で 県央のギャラリーや学芸員、骨董業者、常連等を周っている。
異動で 本部オフィス周辺は、 分かるようになったが、 まだまだ 観光客気分で わくわくする。
地域は、県央、南、北の3つに分かれ、金沢の観光地や商工は、おおよそ半径3キロには収まる。
であっても、その中に観光だけではない、様々な工房や、工芸の生業が密に集まる。古都の顔は奥深い。
赤い紅殻の格子に、
細い木虫籠。
石畳に、レトロなガス灯。
最高の格式を誇る茶屋街の 風景。
シオンが、店の中から外を見せてもらうと、中からは、歩いている人の着物柄まで 鮮やかに 見えた。
金沢の格子、『木虫籠』が作る独特さだ。
外からと、内からの見えにくさ、見えやすさを調整し、間に格子を挟む事、かえって 外の景色を見やすくする。
薄く暗い部屋から 格子越しに見る彩りの世界。
雨が多い 金沢の街を 明るく見せる意味もある、紅色の塗り。
『氷柱』落しの長いスコップもご愛敬だ。
挨拶回りの合間、
シオンは 元銭湯の跡地にある
金箔工房を見に、三大茶屋町の1つ、
『ひがし茶屋町街』にいた。
土産や、伝統や創作体験をしながら、着物姿で、建築様式が美しい、町屋散策をする人々が 賑やかである。
この店は、大阪ステーションの『時空の時計』の金箔はりをした 金箔店。
伝統と、都市デザインの融合を、現場の声で 聴けて、シオンは 満足した顔で 出てきた。
「あら 後輩ちゃん。よかったら、加賀毛針の工房も 見て行くかしら?」
ヨミが、シオンが 金箔工房から出てきた所を見つけて、ニヤリ顔で紙の小袋を渡し、顔出しの 提案してくる。
シオンは、ヨミの出してきた、袋を開けて、その中身の美しさに ため息をつく。
「やったー!先輩、ありがとうございます!ここの毛針、綺麗ですよねー。でも、もっとゆっくり出来る時、工房拝見しまーす。」
歴史の背景上、
武士の鍛練としての 鮎釣りが 栄え、釣りに使われる、『加賀毛針』は独自の発展を極める。
金箔と並ぶ、工芸品だ。
つくづく 北陸は 哲学的な職人の土地だと実感する。
文化的で、高い教養が、文豪を輩出した土地になるのだろうか?
シオンの手を カラフルに彩る、珍しい品に、街道を行き来する観光客も、どこで売ってるのだろう?と、見ている。
そんな風に、やや観光客の目を引いたシオンに、ヨミが
「後輩ちゃん。ちょっと、静かな所で、休憩しない?」
と 川辺に 佇む、文豪の記念館へ 悪戯顔で、誘った。
そこは 浅野川の袂に立つ、 黒瓦の、土塀と格子の建物。
河川敷からも 上がれる和風展望デッキがある。
デッキからは 鯉のぼりが吊るされた、梅ノ橋が 良く見えた。
「北陸の銭湯といえば クリームソーダのスマックでしょ。先輩が、奢ってあげるわ。」
いつの間に手に入れたのか、グリーンの瓶ジュースを、ヨミがシオンに渡す。
「いや、ここ、銭湯じゃないですよー、先輩!」
そう言いながらも、実はさっきの金箔店で、スマックが飲みたくなっていたシオンなのだ。
「先輩、川からの風、気持ちいいですねー。橋の鯉のぼりも 気持ちよさそう。じゃ、遠慮なく、頂きます!」
街の中にいても、空が広く感じるのは、川辺のせいだろうか。
グリーンの瓶からは、甘い匂いがする。
「後輩ちゃんは、いい時期にきたわよ。ゴールデンウィークには この川で、鯉のぼり流しがあるし、その後は 友禅灯籠流しだから。まあ、このデッキだって、人で一杯だけど。でも、京都ほどじゃないのよ。」
木調の梅ノ橋を、着物カップルが渡っていく。
他の古都や、温泉街とは 全然違う雰囲気が するのが、何なのか?
まだ シオンには、それが 分からない。
「オーナーが 北陸に本部を置くのって、やっぱりこの城下町や歴史ある建物とかからですかねー、」
ふと シオンは、
ヨミに 何かのヒントを探るように、問いかけた。
ヨミのまとめ髪が、
川風に揺れる。
「どうだろ?それもあるけど、きっと、この景観になった元、北前船の街だったからかも。」
そういって、ヨミは 手のスマックを一気に飲み干して、
「知らない?北陸にあった、富豪村って。」
シオンに、
グリーンの瓶を押しつけながら 聞く。
「富豪村ですか?」
シオンも、
スマックを飲み干して、
甘い匂いがする
ヨミの瓶を 自分の瓶と まとめて、
袋に入れた。
『ギッ、・・・ギッ・・・、』
洋館の階段を、慎重に~慎重に。
足元~、気をつけて~、
私は シオン君との打ち合わせを終えて、2階のオーナーズルームから 今、階段を降りて、いる。
危なげに、手摺を 両手で握り 降りる、私の後ろに
やや、呆れた雰囲気の シオン君の姿が分かるようだよ。
建物は
昭和の黒屋根洋館。
どこか和風も感じる、折衷様式の建物。
目を引くのは、『マンサード屋根←腰折れ屋根』的な 黒の屋根だろう。
1階は アトリエと工房、ギャラリーとサロンカフェを 置いて、別棟にオフィスを構えている。
工房は 彫金の工房。
古い歯科治療器具を あ・え・て、ディスプレイ。
この麗しき建物の前身が、歯科だった名残を残しておいた。
良く見てもらうと、アトリエやギャラリーにも、アンティーク調に歯科治療器具がアートフレームになって飾られているはず。
彫金の機器と、歯科機器、ってある意味、一緒。
だから上手く共存して、 ノスタルジーを醸し出している。
シオン君は、彫金工房で、ギャラリー商品のリペアや、 修復微調整もスタッフとして担っている。
本部ギャラリーに、シオン君の作ったアクセサリーや、オブジェがあるのは、これまでの展示会で、ディスプレイとして製作してもらった品だねん。
「アトリエに、次の企画に合う商品の一部を入れてますから、オーナー見てください。さっき、お渡ししたレポートの絵もあります。」
はい、わかりましたよん、シオン君。
はあ、足~なんとか 階段降りれたよん。ま、痛みはないんだよ。ただぁ 疼く気がするだけでねぇ。
「あと、例の画材、いろいろ仕入れてます。これも 試せると思いますよー。」
「インミンブルーも?」
お、顔料だけじゃなく、アクリル画材で 入ったかな?
「もちろんですよ。今回はメインでもあるんですよねー?!ブルーのオブジェもディスプレイ探しますか?」
そっか。これは シオン君が興奮する色だということねん。
なら、
「鉱石と近々、ミネラルショーがあれば 見に行ってみるし、何か面白いものあるかな~?♪」
私は、斜め上に視線を向けて、顎に親指を掛ける。
と、閃いたように
「あ!でも今日は ヨミ君と、2人で 県央の挨拶周りに行ってもらっていいかなぁ~?」
口を弓なりにして、シオン君に 言いつける。
すると、すぐ脇の出入口から声が投げられた。
「オーナーに、留守を『お1人で』任せる事になりますが。・・本当ーに、足の方は、大丈夫なんですか?」
オフィス棟に、私とシオン君の声が聞こえて、来たのだろうねぇ。
ハミングバードに ローズフレームの眼鏡越しに、非難めいた視線のヨミ君が 現れた。
「う~ん。'だから'、私が 留守番するよ。歩き回るの、まだちょっと怖いしぃね。マダムもいるじゃない?大丈夫だよん。先にサカキバラに顔見せてくるから、それから すぐにでも、出発してもらえる?」
ヨミ君の目が、私の言い訳がましい台詞を 無言のまま、思案する。
それを、振り切ったのは、シオン君だった。
「わかりましたー。良いじゃないですかー。先輩とお出掛けですよー。」
チャッと、シオン君が敬礼して、ヨミ君の腕を掴んだね。
引き摺られるように、ヨミ君もシオン君と 外回りの準備に消えたよ。
消えた2人を そのままに、アトリエの入り口へむかう私。
「さて、クルーズギャラリーの青の企画は『何青い』にするかなあ~♪。」
広重ブルー、
東山ブルー、
フェルメールブルー・・
古今東西、青は、人々の魅力し、テーマCOLORとして描かれてきた事幾ばく。そして、世紀の大発見により、200年ぶり、
新しい『青 』が誕生したのだ。
『 YIn Mn ブルー』
「ここは、やっぱり、マドンナの青 かなん?」
古く『マリス・ステラ=海の星』を聖母マリアの呼び名にし、
宗教画では 聖母のマントを青で表現してきた。
『マドンナ・ブルー』
ラピスラズリが、東洋貿易で
ヨーロッパに入り、青の顔料が作られる。アフガニスタンが原産国である事から、その青は、
『海を越えて来た、ウルトラマリン』
と呼ばれる。
鮮やかなブルーは、高価。
だから、憧れの顔料。
貴重な、稀なる絵の具。
その 青を使うべき 被写体。
時代の画 家達はこぞって、
ウルトラマリンで 聖母を描く。
レオナルド・ダ・ビンチ。
ラファエロ。
『聖母の青』が
シンボルとなる。
古の画家達にも、深い海の色が
母なる慈愛の聖母のイメージに繋がっただろう。
今回は 夏の展示会を 私は、『船、クルーズギャラリー』と 考えている。
「『ウルトラマリン』、『マドンナブルー』。集めるには、良いかもしれないね~。」
そう、1人呟きながら
アトリエの窓を開け放つ。
海岸線から吹く『あいの風』をアトリエが孕む。
「さあ~、こい。マドンナの青に惹かれて 来る !鳥たちぃ!!私の巻く薫りに酔って、こいっ!」
吹き込む風に煽られて、
私は恍惚の顔を 窓辺で浮かべた。
『えっと、、コレは、何と読めばよろしいっっかと?』
彼アソシエイト(Assoc)←を
ディレクター(Dir)が
『カスガ』と呼ぶ。
Assoc君が 、私の渡したビジネス
カードを両手で掲げて聞いてき
たよ~。
『 武々1B 』
「 そのまま、声に出してみて下されば、良いですよォ。Assoc君~。」
「???!」
どうやら、Dirと違って この後輩は、正面型Assocみたいだねぇ。
「Assocはアソシエイト、助手、カスガの事だよ。ハジメオーナーは、客人の名前を 人前で呼ぶ事を 良しとは、されない主義なんだ。そのくせ、ご自分は、名前で呼ばせる。まあ、質が悪い冗談好きだよ。」
クックって、Dirも 人が悪そうな笑顔だよねん?
で、Assoc君、まだカードと睨めっこかい?
「酷いなあ~。仕事柄、お客様の情報を 守る気持ちからだよ。私が、戯れに付ける 略称は、オ・モテ・ナ・シ!オモテナシ~」
はい、合掌~。
なのに、Dirは 嫌な男だよねん。
「よく、『オモテナシ』なんて言えますね。裏ばっかりの 貴方が。カスガ、Bは裏面って意味もあるよね。」
アハハは!って爽やかに笑ってくれちゃって!
でも、嫌いじゃないんだよォ。
いや、頭の回転が速いDirとの会話は、楽しいんだよね~。
うん、Assoc君は まだ 話が見えてないね。読み方、考えてくれていいよん。
黒屋根の洋館前に、白い車が止まって出て来てた二人。
一人は これまでに、何回か プロ・ペインターに連れてこられた研究センター長だね。
ふ~ん。
なに、新顔Assoc君も 体躯良さげだね。。
爽やか短髪、スポーツマン?
指輪、あるねぇ。
こ~ゆ~タイプだと、『家庭的』なハニーが居るんだぁ。
ふん!くそ~。
私だってねぇ、足調子戻ったら、ジムだよ~、ジム!!
私は、目の前の二人を 頭のテッペンから、足の先まで 観察するよ。
ヨミ君と、シオン君が 県央に出掛けてすぐに、この二人は本部オフィスにやって来きた。
ビックリだよ。
早速 寄ってきたハミングバードかと思っちゃうよね~。
丁度、暑くなって、窓を開けたら、立ってるもんだから。
「ああ お二人とも、宜しければ 中国茶など 如何ですか?。スタッフが水出しで、それは 丁寧に淹れてくれてるんですよ。これがまた、ヒンヤリと美味でしてね~。」
ちょ~っと、嫌味な視線。
二人を睨んで、シオン君が用意してくれた デキャンタセットを、私自ら、運ぶよ。
水出しにすると、
キリッとしたお茶に 風味が より閉じ込められる。
「先輩!!俺、ほんとっ、よくわかんないですっ。助けて下さい!」
ヒソヒソAssoc君が悲鳴を上げたかぁ。
「カスガ、せめて もう少し頭を回してみようか?本読まないわけじゃないだろ?」
優すぃ~いね♪Dirは。
だいたいさあ~、
Dirって 氷の貴公子が ピッタリの、長身の美丈夫でしょう?
一体幾つなんだか?
今日も、ラメ調に控えめチェックの 濃紺スリーピースって 決めてさ。
やめて~。私は、退院したてで、太ったんだよ。Dirと、並びたくないわ~。
窓からの風に、黒髪がなびくとかさあ。Dir やめて~。
「ハジメさん、もしかして、他のオフィスからスタッフ来てます、よね?」
はぇ?
私が 渡したグラスをDir。手にした途端だよ。
「あれ?ど~して、Dirは 私のオフィス事情がおわかりで?」
藪から棒な台詞に、つい言っちゃったけど。
そしたら、Dirは、口を弓なりにして言うんだよ、これが。
「いえ、同じモノを 過去の展示レセプションで サーブされてましたからね。この オフィスでは、初めて出されるでしょ?中国茶?」
で、独り言みたいに、
「どうりで、外に香る茶に 薫が移っていたわけだな。」
って、呟いてるけどっ!え、外にもお茶の匂い出てた?窓開けすぎたかな?
近所迷惑?!
「Dirって、とても嗅覚が良い?の?。まあ、私だってね、中国茶作法を嗜んでますからね。久しぶりに、私が 淹れたとは、 お考えにならないかな?」
実は、シオン君に 『銀月アパート』の中国茶オーナーを紹介したのは、私だからねん。
ゆ~か、何かな~。
あ、Assoc君も、どうぞ。
喉渇いてるんだねん。はい、もう一杯ねぇ。
「中国茶は、人の手に係る作法で淹れますからね、その人の薫がします、よね。」
怖い。
「ハジメさんが、仰るはずですね。とても美味しい。」
あぁ。本当に 綺麗に、
美味しそうに するねDir…。
「スタッフが言うに、『武夷岩茶』だとか、私は 仄かに橘の風味がして そこが また、、」
Dirの 長い指を見て、人タラシ君の顔が浮かんじゃった。
変なのに、好かれるとか 言ってたかも。前の展示会で なんかあったのかな~?そんな報告ないけど。
「そうですね、その向こうに、乳香が立ち上がりますね。」
う~ん…
そういう、Dirは 左手で持つ
空のグラスを 顔に掲げるんだね。
あ~Dir、その左手の薬指の指輪。
あれだよん。
「・・・」
乳香? なぜ?
くん、くん。私は自分のスーツを香ってみたけど。
「ハジメさん、やめて下さいよ。笑えますよ、そんな。アハハ!貴方からは、ちゃんと 月下美人の薫りがしますからね。」
なんだよ、余裕縮尺イケメンムカつくよね~!
ついでに、家庭的嫁いるリアAssoc爆発しろ!!
そうだよ!!私は、月下美人のオードトワレなの!
「で~、そろそろ優しいDir様は、迷えるAssoc君に、助け船を出して上げては、いかがかなあ~。」
私は、口の端が ヒクヒク痙攣するのを堪えて、目の前の美丈夫に
提案したわけだよ。
さあ、帰っていいよ~♪
ハジメの言葉に観念するかのように、レンが 名刺を持って 考えたままのカスガに 教授する。
「例えば、このオフィスの黒看板を前にした時、俺は『 Abbey House アビハウス』と脳内変換している。」
その言葉に、カスガが 手の中の名刺を見つめた。ピンと来ない顔だ。
レンはお構い無しに重ねる、
「そして、ここじゃない展示会場で その看板をみれば『two-twenty-one-bis』と脳内変換している。」
ここで、ハジメの目が見開いた。
カスガの顔も 明るくなる。
「ハジメさんからもらう 名刺を前した時は、『武久一裏顔です~』と脳内変換している。」
口を弓なりにして、レンがハジメの顔を牽制するように見る。
ハジメが、大げさに拍手をして見せた。
「いや~、Dir!まさか、そんなシチュエーション每で 呼んでたなんて!思いもよらず!なんて、光栄だぁ。」
レンは 左手にグラスを持ったままに、腕を組んだ。
「そっか!221B ! っすね。」
カスガが、ハジメとレンの交互をみて、まるで尻尾を ブンブン振るように、喜んでいる。
「世界で一番有名な 探偵のいる場所さぁ♪まあ、好きに皆、呼んでくれてるけど。Assoc君は、それでいいんじゃない~?」
ハジメは、レンの『脳内変換三段活用』に甚く 感銘して、機嫌を良くしたらしかった。
ここに来て、レンとカスガに オーナーズルームにある、キャメルブラウンのソファーを示したのだ。
「ハジメオーナー?どうして 探偵の住所を、つけたんすか?」
促されるまま 二人は その、ヴィンテージレザーの三人掛けに、座わる。
カスガは、名刺をようやくケースに直しつつ、質問してみた。
「探偵って、隠された モノを調べるお仕事でしょぉ?」
ハジメは、カスガを一瞥した。
そうして、
『飲みね~、飲みね~』と言わんばかりに、レンのグラスにお代わりを注ぎながら、
「ギャラリストってね、 芸術の新しい潮を創る為、才能を見つけて、その世界観を広げて、展覧会で発信する お仕事なのかな。」
可愛い後輩に教えるように、
言葉を繋いでいく。
「私はね、アートだけじゃなく、社会を反映するようなモノ。 歴史的な骨董。工芸品も扱うんだよね~。」
ハジメは、新しく 淹れたグラスを、レンの前に置く。
「人の数だけ、嗜好の数だけ。市場を広く捉えてる。」
そして、カスガの前にも、新しいグラスを置いた。
「忘れられた 港の倉庫にあるモノ。才能がみせるストーリー。拾い集めて 発信する。な~んて言うとカッコいいけど、ソウルフルなモノを扱ってると、『生き様』って感じるんだよね。」
そして、二人が座る向かいの、二人掛けソファーの前に、デキャンタセットを置いて、
「モノを通じて、人生に触れる。それが歴史の切欠に直面したり。采配したり。そ~ゆ~のん、ほら 顧問探偵みたいでしょ?」
レンと カスガの目の前に 座った。二人が座る ヴィンテージレザーと同じ座面。
「ゴッホの絵ってさぁ、ホントは巨匠が生きているうちには、1枚も売れていないんだよねぇ。売る前にゴッホ兄弟が亡くなっちゃうから。」
ハジメ自身のグラスに注いだ 金色の水を 満足そうに口に含んで、
「芸術を生業に するには、どう、作家の活動を 歴史的に残せるかが肝なんだよ。なかなかの難題だね。ふふ。ロマンだよ~♪。」
組んだ腕の指を 顎にかけて
レンとカスガに、子供の様に笑った。
「ご挨拶はこのぐらいにして、今日は どうしたのかな、Dir ?」
窓から射し込む日差しが変わった。
レンが、ハジメの目を射て来たのを、合図に ハジメが 今度は聞く。
「後輩に、発見された『例の青の顔料』を、直接 見せておこうかと思いましてね。貴方の所なら、お手元に あるのではないかと?つい、 営業周りに甘えさせていただきに。まあ、退院のお祝いにも、参りましたよ。」
レンは、極上の笑顔をしてハジメに、 御完治おめでとうございます。とも 礼する。
「ふん。なら早く 言ってくれるかなあ~。両足骨折って、大変なんだよぉ。じゃ、そうゆうことなら、丁度、顔料 以外に アクリル画材になったものも入ってるからねぇ。」
そう言って ハジメは 立ち上がり、デスク後ろのキャビネットに寄る。
キャビネット方向を、興味深々の眼差しを向けて、カスガが言う。
「なんだか、意外っす。ギャラリーに 新開発の塗料 を見にくるなんてっ。僕達みたいな 産業企業とは 『縁がない分野』っーんすか?」
今度は 銀のトレーにシャーレーを乗せて、ハジメは、二人のソファーに戻る。
「ハハ。新進気鋭のアーティストなら果敢に、作品へ取り入れたがるからね~。市場にでれば、高額だけど、私は 手に入れるよ?画材の提案も仕事の範疇だからねぇ。」
シャーレの中には、
見たこともないような
発色の ブルーが、
粉で ある。
「カスガ。色の業界は 侮れないよ。どの産業にも 係わる素材だ。身近になら、東北新幹線の青色も、特別な産業ブルー『青の王者』といわれる青なんだよ。」
それは、
宝石を粉にしたような 高貴な青。
そう、レンの話を耳に
カスガは 思った。
「色彩分野の 社会影響は、それこそ、年間数億円を動かす。」
レンは、ハジメに促すように、視線を投げる。
それを受けて、ハジメが
「それに、、今回の新しい青は、存在価値だけで、3兆2000億円とも云われる代物だよ~。考えてみてよ、『ゴッホのひまわり』で53億円だよ。」
ハジメが、
シャーレの蓋を
静かに
カスガへ開いて
魅せる。
「たった 一色の青が、産業の影響に、未知数の価値を 生む 。これは、『奇跡の青』なんだよね。」