サカキバラは、
蔵中の保管庫で作業を始める為、
朝のミーティングが終わったサロンを退出する。

彼の前には、主であるオーナーが
必要以上に足を気遣い、シズシズと、歩いて サカキバラが いつも
運転する車へ歩いた。

今日も良く晴れて
風が 心地いい。

大聖寺川沿いには、
かつての北前船運搬の名残で、
川から荷出しをしやすいよう、
船着場や、蔵が並ぶ場所がある。

その一角に並列する蔵が、
ギャラリーが保管用に
管理している蔵だ。

日本の風土に合わせて
造られた蔵。
耐久もちろん、通風、耐火、湿度に優れ、作品の管理に
持ってこいの倉庫になる。
並列している蔵は、
中が1つに 繋がった空間で、
外からみる以上に広い。

その蔵の1つで、サカキバラは 『No.12』の 運搬処理を始める。

車の 後部座席に、
ハジメを 乗せて、蔵に到着。
先程
絵画の状態を 確認し終わった。


目の前の絵画は、
「星のきらめく天空の破片」だ。

ラピスラズリの美しさを表す言葉が、絵画自体をまるで、表現しているかのようある。



「ハジメ様。本当に宜しいのですか?こちらを、アフガニスタンに送りましても。」


サカキバラは、寄贈 手続きをしながらハジメに 確認をしつつ、
再び 手元の絵画を眺める。


紺碧の空間に
金糸の煌めきは、
まさに 磨かれた
ラピスラズリ鉱石を
そのまま 塗ったような
『青』の色味。

「本来なら、この絵画達の ライセンスが もとの作家様から得られば、大々的に御披露目をされる予定なのでは、ございませんか。」


中央には、蓮の花に
足を組んで寛ぐ少女神。
瞳は 惚け眠る様に閉じられ、
12本手には梵字を象った 宝。

真ん中に 合掌された手。
上半身は、裸体だが
腰からはプリーツの
スカートが纏われいた。


サカキバラは 『No.12』が
梱包処理をするの様子を
見つめる、
ハジメの表情を そっと見やる。


青の宇宙に浮かぶ如く、
神々しい、可憐な 神か、人か?

そんな 狭間を彷彿と
させる この絵画は、
あらゆる人の眼を
惹き付ける力を感じる。


サカキバラの問いに、
全くハジメは表情を
変える事はない。

「それに、ランドセルの寄付と
一緒に、彼の国に送るといのも、
随分お戯れが過ぎませんか。」


サカキバラも、
一切手を止める事をし無い。

「この作品のオーナーは、すでにAssoc君だよ~。オーナーは、『公に出て 来ないよう処理するが』、希望なのだからねぇ。」


サカキバラにも、カスガのそれは
意外な言葉だった。
まさか、『目に入らないよう』に
してくれと 頼む為に、 あんな
支払いを約束するとは。
Assocは、いや、策士なのか?


入金担保に、結婚指輪までも 置いて。

「そうかなあ、ピッタリだよ?!、『バックパッカーの天国』って言われた国だからねぇ。」

ハジメは、サカキバラに 悪戯な顔を見せる。
一体この言葉には、
幾つの揶揄が 隠されているのやら。

「なるほど、ランドセルは 原型が背のう、バックパック、でございますからね。 」

駄洒落で ございますねと、サカキバラが 技とらしい笑みを見せる。
しかも、彼の国になんてと。

そんな サカキバラに、ハジメは

「いやだなあ~、それだけじゃないよ。教育ボランティアとしてランドセル運動なら 彼の国には支援があるからねぇ。」

少し遠い目を向けて、サカキバラの手元を また見る。

「もしかすれば、彼の国で 行方知れずの Mestoroの目に触れるかもしれないと、お考えでございますか。」


『No.12』以外の 同じタッチの絵画が サカキバラの後ろに タイトルの順番に、11枚 並べられている。

「まあ~、だからと言って、私も作家の命でもある作品を、無下に破壊する事は遠慮したいなぁ。奇跡の可能性に賭けるよぉ。」

そんな ハジメに、
サカキバラは 静かに頷くだけだ。


「しかし、この青。本当に素晴らしい色でございます。さすが『風景画巨匠の愛し子』Mestoro様でございます。」

サカキバラは、書類の書き上げを始め、ハジメは 『No.12』以前のナンバリング作品を 順番に見ていく。


「天然ラピスラズリの色だよ~。
凄いよね。My Mestoroは、画材としてのラピスラズリではなく、
鉱石のラピスラズリを自分で岩絵具の様に加工して使っているぅ。
ある意味、本物の宝石絵、宗教画のイコンだよん。」

ハジメの目の前に、サカキバラが
書類を出して、決済の確認を促す。
余計な事を口にはしない。

「他のナンバーは、油絵具でございますが。」

腕を組、顎にその片手をあてて、

「それだけぇ、思い入れが違うといか。だいたい、不可視インクまで使ってるんだよぉ。よく、シオン君も気が付いたわけだけどぉ。」

ハジメは、真剣な目をした。

この案件は、微妙な扱いだな~。
そう、呟くと ハジメは、ソッと息をついた。

「結局、Assoc様は、最後まで
インクの部分はご覧になりませんでしたね。」


サカキバラの台詞に、

当分 他の作品も、蔵に寝かせる
よん。こんなドラマになるなんて、思ないからね~と、ハジメは
この 言葉を 心に留めた。

そのかわり、ハジメは、
口を弓なりにした。

「本当に!Assocは禁断の林檎
を食べなかった。郭公か否か?
そんな誘惑にAssoc君は勝ったんだ。それが愛なのか!保身なのか!」

心底、楽しそうだと顔にする、
ハジメを見て

「ハジメ様は、全て御解りでございますか。」

サカキバラが、ハジメから
書類を受け取った。

くるりと、ハジメが サカキバラに
背中を見せる。
蔵でのハジメの確認作業が
完了した合図だ。


「サカキバラ、ラピスラズリは、
エジプトではね、天空と冥府の神『オシリスの石』と言われるんだよ。」

サカキバラは、書類を手に、
梱包を手早く終わらせた 品物に
一瞥をくれる。

「その理由はね、『審判を潜り抜ける護符』 だと崇められる石だから~。エジプトでは死後、
人は オシリスの審判を合格して、
天国に行住む権利を得るんだ。
オシリスは日本でいう 閻魔なんだよ。 」

そして、蔵の扉を観音開きにして、ハジメを 外に出した。

「My Mestoroは 知っていて、
この『星のきらめく天空の破片』を使ったと、かつての『ナサケ』である 私は読むね」。

蔵の外に出て新鮮な空気を、
ハジメは深呼吸して 味わう。

「凄いよ、Assoc君も、MyMestoroも。易々と、理性の
ラインを飛び越える。それは、
パンジ川みたいな、命懸けのモノだよ。」

この台詞に、サカキバラが目を
不機嫌そうに大きくした。

「それは、ハジメ様が彼の国へ
行かれた時で ございますね。」

ハジメは 先に、蔵を出ると、
サカキバラが 後に続く。


「そう、私がMy Mestoroの消息を
探しに行った時、渡れなかった『あっちとこっちの川』さ。」

ハジメは、そのまま 庭から、
外に出る。かつて 海を運搬手段とした、船の 着場だった道路へと。

そして、
川の傍らに ハジメは腰を掛ける。
かつて、ライセンスの為に
作家を追いかけて 向かった国を
追憶するのだ。


遥かに古く
交易の道が すでに、大陸には
あった。それは、シルクロードよりも古い、紀元前3000年以上前にもなる。
ラピスラズリを指標とした
『ラピスラズリ・ルート』。

乾いた大地を
風が 頬をなぜていく。

かつて、カブールは
カトマンズやバンコクに並ぶ
『バックパッカー』の聖地、
『天国』と呼ばれ、
世界中から旅人が集まった街。

古来でも、西洋と東洋が交わる
交易の地点でもあった場所。

何故か、日本人に似た種族も
多く現地民族にみられる。

サカキバラは、そのままハジメの
傍らで立ちながら、
話を聞いている。



イスラマバードで、
ハジメは なんとか ビザを取って、パキスタンから アフガニスタンに、入国する事にした。

国際的にレッドゾーンの地域は
テロが再び息を吹き替えしている。

「無論、パキスタンで 誰もが
私を止めたよ。
なのに、国境の向こう側で
初めに目にしたのは、
パキスタンで聞かされたのが
嘘のように広がる
緑と青の美しい山々だ。
そこには
真っ赤な血で染まる
大地は無かったんだよぉ」

首都のカーブルにある、
小さな遊園地に よく知るキャラ
クターまであって、面食らった。

多彩な民族衣装。 交わる言語の中、ぼろぼろな日本語の教科書を持つ子供さえいた。


本当に ここは支配国の境
均衡危うい場所なのか?
という あやふやさ。
そして、

目の前に広がる、パンジ川の
向こうには、
ラピスラズリの産出地がある。

なのに、見えているのに、

バダフシャーン州に
どうしても ハジメは、

渡れ無かった。
踏ん切れ無かった。

「お渡りにならなくて、良かったです。本当に 無茶をなさる。」

大聖寺川からの風を受けて、
サカキバラは髪をなぜつけた。

「今でも、思うよ。あのパンジ川は、只の川じゃない。私が私を捨てれるか?それこそ、前後不覚になるような 恋愛に飛び込めるか?そんな境目だよ」

そう言い、ハジメは
目の前の川を見つめた。
川面がキラキラしている。

「サカキバラ、私も、もっと 前後が解らない十代に、恋愛すれば良かったよ。」

サカキバラは、意外そうな顔を
した。そして、目を細めて

「遅くはございませんが。」

ハジメに 答えてやる。

サカキバラは、相変わらず
ハジメが 伴侶を見つける事を
諦めていない。


「いや、無理だよぉ。人はやっぱり、社会に組み込まれると いつの間にか、打算のない恋愛なんかは出来ない。そんな 生き物 なんじゃないかな~。」

ハジメは、
なのにと、呟く。


「昨日、思ったんだけど、
そのくせ 独占欲は生まれた時から その姿に変化がないんじゃないかって。」

Assoc君を見て 気が付いたよ~と、笑うハジメは、続けた。

「貪欲に あの川を越えるか?
越えれないか?私は、後者だ。
そのくせ、ずっと 欲している。
もう、前後不覚に恋する季節は終わっているのにだよ。」

ハジメは、ゆっくりと立ち上がる。

「だから、Assoc様を羨ましいのですか。」

サカキバラは、
ハジメの手を持って 助けた。


「どーかなあ~。Assoc君だって、今は親愛の情を生きているんだろうしなぁ。それさえ、私は 羨ましいのかなあ~」

そう言いって、
良く晴れた 青空を
ハジメは サカキバラに
支えられながら
仰ぐと、
空を割る 飛行機雲が 見えた。