『コンコン!』

ハジメがいる 2階のオーナーズ・ルーム。
黒く塗られた そのドアが 軽快にノックされた。

「オーナー。失礼しますー。」

ハジメが 出勤時に指示をした通り、この春から本部オフィスに異動した シオンが ドアから顔を出した。

お、いろいろ 持って。よく ドア開けれるねぇ。ん、
ハジメは、チラリと重圧なキングデスクから ドアを見投った。

ランチは終わったんだ~。
あ 、時間過ぎてるよ。集中してたら、 全然気がつかなかったねぇ。
そんな事を 考えつつ

「どうぞ~。シオン君、みんな、ちゃんとランチ、出来たかな?」

ハジメは、書類を 下ろした。
あっと、マダムにコーヒー淹れてもらうかな。と思っていたら 顔に出てたのかもしれない。

「オーナー、ブランチ終わってるなら、あたし、お茶なら、淹れますよ。」

確かに 今日の ハジメは、大学病院から退院して、そのまま『クロックマダムモーニング』を遅い朝食に食べていた。

なので、
お、中国茶だよね?いいねぇ。その 荷物。やっぱり野点仕様のお茶セットだったんだねん。
打ち合わせまでの、気分転換に シオンの用意を待つ。

「じゃあ、お願いする~。今日、シオン君が、淹れてくれるのは、どんなお茶か、楽しみだなぁ」

もう シオン君は、茶盤の用意している。
中国茶の良さは、この作法を客人の前で、こんなに 気軽に出来るところかな?ん。ハジメは 興味深く、相手の手元を見つめた。

茶盤の上に、小さな急須茶器が乗せられ、茶匙には茶葉。

「今日は、武夷岩茶の水金亀でーす。」

うん、なるほどね、茶器を温めるのかな。
急須に たっぷり湯が注がれ、蓋。その上から、またお湯が 優雅に 注がれる。

「シオン君、こっちには どう?慣れた?」


茶盤の急須を、シオンは ひっくり返して、湯を茶盤へ溢すと、

「お陰様で。と いっても、普段からSkypeで 毎日ミーティングしてましたし、ヨミ先輩とは、個人的に旅行行ったりでしたからねー。」

そう 答えながら、今度は 急須に茶匙の茶葉を入れる。

いよいよ、お湯を注ぐよ~。細ーく、小さな円を急須に書くように・・・。いいねぇ。

ハジメは、ジッと急須の中を見つめるながらも、

「こっちに異動してもらったタイミングで、有給使って休んだんだよね~。ヨミ君が、今度から2人で旅行に行きにくくなったって、嘆いてたよ。」

急須に蓋。
その上から、シオンが 湯を細く注ぐと、青い茶葉の薫りが立ち上がる。

うっとりするねぇ。


「ははっ。この、信楽旅行も、散々同行したかったーってゴネられましたよ。では、オーナー。まず、お茶の薫りをどうぞ。」

話ている間にも、
シオンは 高く持ち上げた 急須から、

細く細くお茶を 虹をかけるように、雫まで、

ミルクピッチャーみたいな、茶海に移して、
聞香杯に注ぐ。


「綺麗な金色の水色だね。ふう、これは。ライム? 橘? お茶なのに、そんな薫りがするなあ~!」

その香りに、ハジメは感嘆する。



茶海の1番茶を急須に掛けて、
再び、湯を注がれた急須。

蓋の上から、湯を注ぎ、
急須を持ち上げ、
シオンは
再び虹をかけるような所作で、
茶海に 金色の水を注ぎ切った。


これは、

「まるで、『正義の女神 テミス』みたいだよねぇ~」

剣と天秤だけどね?って 私が、
笑ったからかな?
シオン君が 不可解な顔しちゃったな。
ハジメが 観察しているのを
気がついた、シオンは

「オーナー。懺悔でもしたいんですかー?ワインとパンの方が良かったです?」

口を弓なりにして、
金色の水が入る小さな茶器と、干菓子を トン、トンと ハジメの前に差し置いた。

あは!、渡し船と水紋の干菓子だよ。
ハジメは 前に置かれた皿にご機嫌だ。


「急に田舎の本部に異動でしょ?不便で困ってないかな~」

う~ん。
喉の奥に 淡く爽やかやな甘味と青み。
今、私は、蘭の花の薫を飲んだよ。
飲む度に、味の顔が変わる。

そんな脳内感想を漏らしつつ、ハジメは、シオンに 異動の悩みを聞いた。

「あんまり、素敵すぎてビックリしましたよー。だって、流し舟がある街なんて想像つかないですし。それに、海も、川もあるのに、古いお屋敷もあって。まるで 映画の中に居るみたいな街ですよねー。」

意外にも、シオンから苦情はない。

彼女も、この街を気に入ってくれたみたいだね。うん。良かった。テミスの淹れる、お茶も 優雅で、両足の違和感を 忘れさせてくれたし。
このシオンの台詞で、ハジメ的には、打ち合わせの半分を終えた。

「私は、海がいいんだよ。喘息あるから。ねぇ。シオン君って、家庭的なの?」

自分のお茶を淹れる、シオン君。
茶器から ほら、お茶が溢れてるけど?大丈夫?
そんな、心配をする ハジメに、

「家庭的じゃ!!ないですよつつ!!。オーナー、なんですか?!急に気持ち悪い。」

何?全力で否定された。

ほら、こ~ゆ~、お茶とかお菓子を 用意し慣れてるじゃない?っと、ハジメは 目の前の茶器達を シオンに示してみる。

「残念。シオン君は、家庭的じゃないの~?」

「じゃあっ、オーナーは、あたしが、家庭的だと言ったら どうなんですか?!」

あ、ちゃんと お茶のお代わり。私の分淹れてくれるんだん。
新しく淹れられた茶器の中身を含みつつ、

「そりゃあ~。・・全力で 口説くけど?」

ハジメは あっけらかんと言い放つ。

「は?」

「なに~?」

でたっ。シオン君の片手を額に当てるの癖~。
ニコニコする ハジメが、言い重ねる。

「私はぁ、・家庭的なヒト』と結婚したいんだよ。それだけなんだよ。だから、誰かいたら、紹介してくれる、シオン君?。で、家庭的じゃないんだよね?君は?」

Skypeじゃあ、わからないままだったけど、趣味は合うって、気がするし。ほんと残念だなぁ。

あ、シオン君 、机、今、叩いた?

「オーナー!あたし、人生を一緒に過ごすぐらいなら 出来ますけど、子ども作る行為をオーナーとは想像できません!」

ダン!!と机を叩いて、シオンがハジメに、噛みつく。

うわあっ?!直球過ぎない?!
でも、ここは譲れない主張をと、ハジメも、

「子どもは、欲しいんだよぉ?私も。て、家庭的と関係ある?」

と シオンに 後半弱めに聞いた。

シオンの目が据わってる。
ハジメが、仕事の打ち合わせに、話かえようかなあ~。と、思ったが、

「家庭的!家庭的って!オーナー!家庭的かと聞かれて、『家庭的だという女』は、十中八九、オーナーを狙っている『家庭的ではない女』ですよ!!そんな 中2ヤローは、ちゃんとセックスが出来んのかって?!って モラハラ、セクハラ話です!!」

えーーーーーー!何!!そんな目で 私を見てるの!違う違う違う!
心外だよ!と言わんばかりに ハジメは、シオンにアワアワとする。

「家庭的?とりあえず覚えておきますけど!誰かいればですけど! さあ!オーナーが入院中に次の企画展にどうかと ピックアップしたモノ!その詰めしますよ!モノも 幾つか、アトリエに入れてますから、見ておいて下さい!」

怖い。

ゲジゲジ🐛見るみたいな目。


武夷岩茶って、ミネラル豊富なんだよね?
シオン君、もっと 『水金亀茶』飲んだらいいよ。
ほら、イライラはミネラル不足も大きいから~。て、なんで 私が思ってること 分かるって顔?

女子って、難しいよねぇ~はあ。

と ハジメは、甚だ シオンに失礼極まりない感想を心に留めた。

ハジメの茶器に 5煎目の茶を注ぐと、シオンは 細い目を止めずに、企画展のリストをハジメに押し付け、
開けたままの窓を閉めに行く。

濃く揺る 中国茶の薫りは、
風に乗って、
屋敷の外まで
流れて出ていたのだ。