「「オーナー、お早うございます。」」

一夜明けて、本部オフィスに
出社した ヨミと シオンは、
朝のミーティングで
サロンに居た。

外の光が 清々しく
サロンは白く 明るい。

すでに マダムが 、二人の前に
珈琲を淹れ出しているのを、
ハジメはチラリと見る。

今日も、ハジメは
麻のスリーピース姿、
ピンクのネクタイだ。

「昨日、久しぶりのオフィス出社どうでしたか、オーナー?
それに 足、無理してませんで
しょうか。」

ヨミが、昨日回ったリストを
ハジメに渡しながら、
ふと視線を落として足を気遣う。

「ああ~、やっぱり仕事出来る
のは良いよねぇ。刺激があるよん。それに、足も 問題なしぃ」

軽口叩く ハジメの後ろから
入って来た、サカキバラは
珈琲を淹れる、マダムのカウンターへと回り込んだ。

全員の定位置だ。

サロンのアンティークチェアに、座ったハジメに、

「それは、良かったですー。
昨日は、ヨミ先輩を 半日も、
つけて頂き 有り難うございました。
無事に、県央の主だった処は
顔出し完了です!」

シオンが、ペコリとお辞儀をして
簡単に 報告をする。
昨日に、電話報告も済ませて
いるからだ。
そんな シオンに、ハジメは、

「それは何より。そうだ、
シオン君、私の部屋に リペア
クリーニング して欲しいリングが
2人分あるから、お願い出来るかな。2つ共同じ場所に 送り状も
用意してるから、宜しく頼むねん~。」

ヨミのリストを目に、2階を指差して、ハジメはシオンに、午前仕事の依頼をする。

「わっかりましたー。」

戯けて、敬礼をした シオンは、
メモに書き込みをして、
珈琲を口にした。
このタイミングで、マダムが

「ハジメ様。」

ハジメの前に香ばしい薫りを、燻らせた 珈琲を 置く。

「有り難う♪~。いつ飲んでも、マダムの珈琲は 格別だよねぇ。」

そんなハジメの顔は 満面の笑み。

朝のミーティングは、
出社の顔合わせの流れで
そのまま始まる。
まるで リビングで、
朝食を摂るような雰囲気なのだ。


「忘れないうちに、ヨミ君。『No.12』。早速、嫁入り先が
決まったよ。サカキバラに、
入金確認と配送、諸々任せる
から、リストから外してくれ
たまえ~。」

シレっと、
ハジメから告げられた内容に、
ヨミの片眉が 跳ね上がったが、
すぐに取り繕われたのを、
シオンは隣で 見逃さない。

「まあ、早いですね。畏まりました。では、オーナー。」

「なに~?」

「今週末は、アタクシ、滋賀に
参りますので、何かございましたら又 後輩ちゃんに、お知らせくださいまし。」

あ、やっぱりそうなったかと、
シオンの顔が ヨミに語る。
ヨミは 笑顔で頷いた。

「え、どしたのん! なに~、
ヨミ君も 滋賀行くんだぁ」

少し、ハジメの額に、
怒りマークが見えるのは、
もちろん、全員感じている。
けれども、とヨミは
お構い無し だった。

「はい。あ、昨日 後輩ちゃんから聞きましたら、昔、オーナーが
言われてた『聖徳太子と人魚』
の浮世絵は 石山寺だということで、
そこに行って参ります。」

その ヨミの言葉に、
ハジメの機嫌が 少し変わり、
手元のカップを 調子良く弾いた。

「へぇ、人魚のあの絵!ヨミ君、
よく覚えたねぇ」

「先輩は、鳥の土鈴品を フル
コンボゲットに行くですよー。」

ねぇー。
とヨミとシオンが声を揃えた。

ハジメは、二人の様子を
面白がって、

「何それ~、意味わからないよ~。あれ?昨日 誰かに 私も、
言われたなあ?何だっけ?」

頭を傾げる。

そんな ハジメに、
カウンターからサカキバラが、

「ハジメ様の欲求アンテナの張り方について、ご指摘された ハズですが。」

と 事務的に伝えた。

「え?そうだっけ~?」

「はい。」

ハジメは 腑に落ちない顔を
しつつも、何か 頭に閃いた 様に、

「ま、いいや~。そうだ、あのさ
人魚姫って、最後どうなる話だっけぇ?」

サロンの誰とは無しに、
口にした。

「あら、恋に破れて、海の泡になるんですよね。」

そう、ヨミが 応えると、

「そうです、で、続きは、人魚は
泡から、風になるんですよー」

シオンが 重ねて続けた。

「そうなの?」

「そうですよー。」

シオンが ドヤ顔を 皆に向けた。
そんな中で、マダムが

「自分の気持ちを、伝える声の
代わりに、両足を手に入れた、
果てが風、でございますか…。」

空を見つめて 呟くと、
シオンは、

「300年は 生きれる力を 捨てて、
人になったのにです。」

と、シタリ顔で、
手のカップをサロンテーブルに
置いた。


「はい。そういう、わけですので、私的にアンティーク家具を
買い付けまして、鳥の土鈴を
手にするべく、週末は 完全、、」

ヨミの私的な、
お願いが始まった事で、
朝ミーティング内容は
霧散の合図だ。

「やめて~。それって、有給使う気、、」

ハジメの声を 聞きつつも、

「先にリング、確認してきますねー♪。」

シオンは 早速、2階にあると言う、

作業品を確認に行く。

オーナーズルームのドアを
開いて、
ハジメのデスクを見ると、
ガラスドームを被せられた、
シルバートレーがあった。

シオンは、近寄り
ガラスドームの上から
トレーを確認する。

2つ並んだ指輪には 『Dir』と、『Assoc』と其々に付箋が
傍らに貼っていたが、

その1つの指輪を見て
シオンは 目を見開いた。

「わ、これ!最初に作った
フィレンツェ彫金リングー!
また、会えるなんて思わなかった。」

ニマニマしながら、シオンは
ガラスドームを外して、

「へぇー。 綺麗に使って貰ってるー。」

と、指輪を手にしようとした。


とたんに、なつかしいような、
最近 薫ったような記憶が、
鼻腔を掠める。


「… レン!?」

シオンは、慌てて
すぐに横にある配達用の
送り状に視線を落とす。

アドレスに覚えは無いが、
届け先の名前は、
従兄弟のレンに間違いない。

文字も、間違なく レンだ。


「そっかー。」

それだけ言うと、
シオンは デスクの後ろの出窓を
思いっ切り 開ける。

デスクの横には、
空っぽの 木製イーゼルが
立てられていた。



窓を開けると、
大聖寺川から 吹く
『あいの風』が、
カーテンを旗めかせる。

それは、
まるでシオンにとって、
風で海を割る、
十戒のシーンを想わせ、

「ははっ。」

思わず、渇いた笑いを漏らした。

亡き義叔父が 、教えてくれた
お伽噺のような、
ジュゴンの味と効能。

『甘露の甘みに、全身は 蕩けて、
夢の様に死にそうな味なんや。
疲労は たちまち 回復する。
目や耳の力が、千里を 超えて、
精神が 澄み渡わたるって。』

もし、それが本当で、
口にすれば
この風の向こうに

レンの姿を シオンも
感じれただろうか?

そう、思いながら、
シオンは 指輪の声を

静かに 聞く。

今日も、潮を孕んだ 風が
心地いい。

シオンは、シルバートレーを
持って 1階に降りて行った。