元伊勢ならぬ、元小京都。
温泉地も近い 屋敷町の中、

『武々1B』


と 黒の縦看板に 白く印された 、邸宅に、赤のスポーツカーが止まる。
運転席から、紙袋を3つも持った 男が降り立ち、恐る恐る歩いて邸宅のドアを開け、中に消えた。

両足骨折後。男こと、ハジメは ようやく、4ヶ月ぶりに 自身が経営するギャラリー本部に顔を出す事が、今出来のだ。




「あー!!おはようございます!!てか、退院おめでとうございます!!オーナー」

開口一番に、お祝いの言葉を贈ってくれたのは、本部作業をしてくれる女性スタッフの シオン君だ。
顔立ちもスタイルも ごく一般的な彼女。うーん、チョイと瞳は大きいかな?ぐらい。

なのに、目を引く雰囲気は、髪や白肌、瞳の色が明るいからだよねん。なんだろね?人タラシ女子なんだよ、この子がね。
そのせいか 今日も、金色のオーラが全快だねぇ、君。

「オーナー、退院おめでとうございます。全快という事で、よろしいのでしょうか?」

そう労い?言いながら、
『ハチドリ』の装飾が ローズフレームにある 眼鏡を、クイッと
指で持ち上げる女史。ヨミ君。

こっちは、いかにも、出来る秘書系美人。それでいて、某歌劇団好き。歌劇団世界の男性は、世に言う男とは、種類違いますから。あれは、妖精、フェアリープリンス!
そんな目をして、私を見ないで欲しいな~。『おまえ、両足骨折するか?フツー』みたいな目をしてる、してるよねっ!!

しかも 本部リーダーである ヨミ君、なにやら不穏な書類の束を持って 近寄ってくれるじゃないか。

なに?っ、そのダークな笑顔、女史の機嫌斜め下~?♪

「いや、参ったよ。両足骨折ですからね。歩けないのでは、お話しにならないでしょっ?」

ハイ、御世話かけましてSorry ランチね~と、
奥から出て来てくれた マダムサカキバラ(←略してマダムって呼んでるからね)に、

テイクアウトの バル紙袋を3つ、手渡す。
女子には、手土産絶対 マストなんでしょ?!オーナーは 絶賛ゴマすりますよ~。

「ハジメ様、お帰りなさいませ。まあ、まあ、あのお店のピザに、パスタでございますか?!」

マダムが、袋を チョイと開け見て、喜んでくれる。
いつも、Thank Youで~す🖤
マダムが好きなピザだよん。

あ~、あらら。
もう、紙袋のランチに 皆の興味が ・・・。現金な社員だなぁ。も~ちょっとかまってよ。

「ぎゃー、オーナー最高ー。ちゃんと、特製フルーツサワー達も、買ってるじゃないですかっ!ほら、先輩! 『ハチリンゴにローズマリー』ありますよっ!!」

って、シオン君の興奮が、半端ないね?あぁ、生いちごサワーが、零れそうじゃないか!
しかも、ヨミ君のサワードリンク、本当にそれでいいの?味。女史って、わかんないな~。

「はっ、ホタルイカに菜の花・ピザ!!オーナー、バルに大分無茶を言われたのでは?!本当、御坊っちゃまオーナーは!」

えぇ、ヨミ君。酷いよ。ちゃ~んと、心からお願いしたのに。

「なら ヨミ君は、差し入れランチこれからは、無しってことでっ。」

ハーイ、パンパンと手を叩いて 解散解散。ちなみに、ヨミ君の奇声は、無視で~す。

「じゃ、お仕事だよ。宜しくね~。ヨミ君、私にだよね、その手の束?貰うよ。シオン君は、午後から打ち合わせで。マダム、いつものをデスクに。で、サカキバラには、シオン君と打ち合わせしたら、顔見に行くよ~って言っといて。」

さあ 休んでいた分、お仕事ですよ~。じゃ、 ヨミ君の手から、かっさらった書類から目を通すかな。

ああ、すっかり入院中に桜も散ってしまったし。

「『古九谷の杜』の桜、来年にお預けかぁ・・・」

ハジメにとって、一番 北陸の桜らしい眺めを 頭に描いて、デスクチェアを引いた。

近年、アートイベントが全国的に開かれ、ビエンナーレや、トリエンナーレといった 美術展覧会が 毎年、どこかの地域で開催されている。

『武久一』たけひさ はじめ。

彼は、ギャラリーオーナーである。ギャラリーといっても、テナントを構えているわけではない。ファッショントラックや、ポップアップストア、キッチンカーといえば 分かりやすいだろうか。

ベースギャラリーを持たず、全国のあらゆるスペースを レンタルして、期間限定のギャラリーを開く、『旅するギャラリー』の代表である。

時には、ラグジュアリーホテルのワンフロアーをギャラリーにする事もあれば、サーカステントでギャラリーを開く事もある。
それに合わせて、扱うモノも多岐にわたる。純粋芸術品だけではないのだ。

そして、その本部オフィスを 元、小京都と言われる地域に構えている。

ところで蛇足までに言えば、
『小京都』と言われる場所は、全国で44箇所。ピーク時には、56箇所もあった。全国小京都団体なるものもあり、本家京都も筆頭加入県だ。


ハジメは、マダムが淹れてくれた、『深い海のブレンド珈琲』を ブラックで 口に含む。
片野海岸のカフェで自家焙煎される、彼お気に入りのコーヒー。

「ああ、当分病院は ごめん被るよ。全く、外に出れないのは地獄だよねぇ。ま、ナース君達は、皆素敵だったけどねん。」

ハジメは 窓を開け、部屋に 風を入れる。

春も、新緑がやわやわとした色を出し 夏を目指して、伸び始める季節。
日本で最も古い風の名前『あいの風』。北陸に、 スモーキーCOLORな『あいの風』が吹く季節がやって来た。

コクの深い薫りを燻らせる、コーヒーカップをデスクに置いて、ハジメは 安堵するように ハイバックに凭れた。

風に揺蕩う 薫りを囲って、
この場所が 一番だ、と 言わんばかりに。