少しでもテストの順位を上げたくて、少しでも両親に喜んでほしくて、わたしは毎晩机に向かう。進学校だから宿題はそもそも多いし、それが終わったらさらに、明日の授業の予習、今日習ったところの復習。一度手をつけるととことんやり始めてしまう性格のため、予習復習まで終わると今度は昔習ったところや、もっと先にやるところまで教科書を読んでしまう。


 わたしのこの性格は勉強には向いている方だな、と自分でも思う。でも桜ケ丘に入ってからテストの順位が落ちたのは、やっぱりわたしは「そこそこ」なんだってことだ。


 時計を見ると、既に夜中の一時を過ぎていた。降り出した雨にも気付かず、集中していた。ふいに、隣の部屋からギャーギャー声が聞こえてくる。中三の朔(さく)と、小六の琴菜(ことな)だ。もともとあんまり仲が良くなかった弟と妹だけど、ふたりとも受験生になってから、さらに仲が悪くなった。


「お兄ちゃんのケチ! 意地悪! 馬鹿! 大っ嫌い!!」
「琴菜こそ、自己中過ぎんだよ!」
「夜中に何やってるの」


 勉強の手を止めて、朔の部屋のドアを開ける。見ると二人の間には、分厚い広辞苑が置かれていた。


「お兄ちゃんが広辞苑貸してくれるって言ったのに、いつまでも貸してくれないの! お兄ちゃん、ほんとケチなんだよ」

「ケチじゃねぇって、読むのに時間かかってるだけ。なんで琴菜はいつもそう、待てないんだよ。せっかちなんだよ!」

「二人とも、落ち着いて」


 小さい頃はわたしも朔と喧嘩(けんか)ばっかりしてたけど、今は二人の喧嘩を仲裁する立場になってしまう。長女というのは本当にしんどい。


「琴菜、何がわからないの?」
「凌辱(りょうじょく)」


 思わず、言葉を失う。琴菜、本当にこの時間まで勉強してたんだろうか。勉強しないで、お父さんの本棚にひっそり置いてあるちょっとエッチな小説でも読んでたんじゃあ……


「それ、明日までにお姉ちゃんが調べておいてあげるから。もう遅いし、受験勉強はほどほどにして寝ようね」
「ほんと? 絶対、絶対明日までに調べてくれる?」
「絶対」
「ありがとう、お姉ちゃん!」


 琴菜は機嫌を直して、自分の部屋に戻っていった。朔がふう、とため息をつく。


 うちは、お金があるようでない。私立の中学を目指す琴菜のため、携帯代をケチっていて、持たせてもらっているのは三人きょうだいの長女のわたしだけだ。週に五日、パートで働いているお母さんは、食費を切り詰めるのに一生懸命。


 家は、わたしにとって決して居心地のいい場所ではない。琴菜と朔が受験生になって以来、どことなくいつも空気がぴりぴりしているし、そのせいか最近家の中にまで幽霊が入ってくることがある。別に事故物件とかではないんだろうけれど、幽霊ってまぁ、どこにでもいるから。


 机に向かって勉強を続けていたら、いつのまにか二時を回っていた。雨はさらに強くなっていて、風も吹き出した。いい加減、寝ないと遅刻する。明日の授業中に居眠りして、先生に起こされたら恥ずかしい。


 ぴかん、と携帯が光ってメールの着信を告げる。差出人は沙智代。


 こんな時間に何だろうと思いながら文面を読んで、わたしの頭はフリーズした。

 何をやってもマウスが動かないパソコンのように、しんと固まった。




『ヤバい。浅倉死んだ』




「はあぁ!?」


 携帯を見ながら、どこか間の抜けた声が出た。