「やはりもう一度医者を呼びましょう! あんな場所から勢いよく落ちて平気なはずがありません! いや、平気だとしたら化け物です」

「えっ? はっ? 何の話?」

「ミーア様……僕が誰だかわかりますか?」

「へっ? ……いえ、ちょっとわからないですスミマセン」

青年は深くため息を吐いた。
しかし、この人よく見ると随分整った顔立ちをしている。
少なくとも私は今までの人生で、こんな綺麗な顔の男性に出会った事はない。

「僕はルミエール・カルチホフ、貴方の専属の執事です……本当に覚えてらっしゃいませんか?」

「お、覚えてらっしゃらないです……スミマセン」

その後、ルミエールと名乗った青年はすぐに部屋を出ていきしばらくすると、小太りな中年男性を連れて来た。

医者だと言っていたが白衣は着ていなかった。

「うむ……恐らく階段から落ちた時に頭をぶつけたショックで一時的に記憶喪失になっているのではないでしょうか?」

階段から落ちた?
は?
いやいや、私はコスプレの小道具に躓いただけだったはず……。

「あっ、アノ……私違うんです! ただコスの小道具で躓いただけなんですよ」

ルミエールと医者は、思い切り私を哀れだと言わんばかりに見ていた。

「……先生、一体どうすれば……」

「ともかく、自然に回復する事を待ちましょう」

「アノ、私……」

「ともかくゆっくり、焦らずに記憶の回復を待つ事しか今は……」

「いや、アノ……だから! 記憶喪失とかじゃ……」

しかし、いくら私がそんな事を訴えても取り合ってもらう事はなく。

私は自分で作った槍で、すっ転んで頭をぶつけたマヌケなコスプレイヤーから、一体この場所がどこなのかもわからない記憶喪失の金髪美少女に成り代わってしまった。

(まっ、多分コレは夢でしょ? そのうち覚める)


──その日から一週間が過ぎた。


「……覚めなくない?」

私が一人言を呟くと、隣に立っていたルミエールがため息を吐く。

「またその様な事……コレは夢などではありませんよ? 辛く苦しい現実です」

そういくら言われても、全く現実だという気がしないのだから仕方がない。

「じゃ、じゃあ、やっぱり天国? とか?」

「残念ですが、違います」

目の前のテーブルに大きな地図が広げられる。

「ここはイルバーナー大陸にあるファリス王国、アナタはトランダル家の長子ミーア様です」