一瞬言葉に詰まる。
 それから私は、一口お茶を飲んで落ち着いた。

「あぁ、だからですね。なんだかこの部屋に入った時、不思議な感じがしたんです」
「弥生さんは、見える人なんですね」
「でも、小さい頃に比べると、ずいぶん見えなくなりました」
「なるほどなるほど」

 子供の頃は、どこかに行く度にしょっちゅうあやかしの姿を見ていた気がする。最近では、意識して見ようとしない限り、なかなか分からないことも多い。

「そういうわけですから、マオ君のことはご心配なさらず。できる限りフォローしますので」

 私はほっとしてまたお茶を飲んだ。

「助かります。マオ君、普段は大丈夫なんですけど、何かに熱中すると耳とか尻尾が出ちゃうことがあって」
「なるほどなるほど。まぁ、こちらも出来る限りのことはしますので。
今日のところは、好きにお友達と遊んで下さい。
最後までいてもいいですし、途中で帰りたくなったら、先生に声をかけて帰っても大丈夫ですから」
「分かりました。ありがとうございます」

 彼にお礼を言って、園長室から出て、歩きながら考える。


 なるほど、狐か。


 確かにそれっぽい雰囲気がある。
 ひょっとしてこの島には、園長先生の他にもあやかしが住んでいるのだろうか。今度廉冶さんに聞いてみよう。



 私はマオ君の様子を見に行くことにした。
 今は休み時間のようだ。

 特別これをしましょうと決まっているわけではなく、子供たちは園庭で鬼ごっこをしたり、滑り台を使ったりして遊んでいた。

 私はマオ君の姿を探す。
 すると彼は高さ二メートルくらいのところにある、うんていを支える細い鉄の棒の上を、するりするりと歩いているところだった。

「マオ君すっごーい!」

 周りに小さな人集りができて、子供たちはキラキラした眼差しでマオ君のことを賞賛している。

 私はぎょっとした。
 いや、確かにすごいんだけど! 

 すごいんだけど、一般的な幼稚園児はなかなかあんなことはできない。正体がバレてしまいそうで心配だ。
 私がハラハラしていると、先生が焦った様子でマオ君に駆け寄った。

「おーい、マオ君、そこは危ないから渡っちゃだめよ! 降りようね」

 マオ君は鉄の棒の上に腰掛け、きょとんとしている。

 彼は人間の子供より身軽で、運動神経がいい。
 二階くらいの高さからなら平気で飛び降りられるし木登りだってできるので、危ないなんて考えたこともなかったのだろう。

 マオ君は先生に抱きかかえられて、地上に降りる。

「マオ君、落ちたら大変だから、ここはもう歩いちゃだめよ」

 先生に注意され、マオ君はそれが一般的な子供の行動でないことを理解したのだろう。反論することなく、素直に頭を下げた。

「分かりました、ごめんなさい、もうしません」

 それを聞き、先生はほっとしたようだ。

「みんなも真似しちゃだめよー」

 そう注意されると、周囲の子供も素直にはーいと返事をする。
 別の場所で遊ぼうといいながら、子供たちはマオ君に「でもすごかったね」「かっこいいね」と声をかけた。

 その様子を見て、少しほっとした。
 マオ君はまだまだ慣れていないけれど、それでも周囲の子たちに合わせようとしている。
またちょっと変わった行動をするかもしれないけれど、マオ君は賢い子だ。じきに慣れるだろう。

 表情は楽しそうだし、連れてきたのは正解だったかも。
そう考えていると、いつの間にか私の横に悠人君が立っていた。

「なぁ、弥生姉ちゃん」
「わぁ、びっくりしちゃった。悠人君、お友達と遊ばないの?」

 悠人君は、腕を組んで思いきり悩んでいる顔をしていた。

「遊ぶけど。マオって、何か俺たちと違くないか?」

 私はぎくっとしてすぐに否定した。

「全然、そんなことないよ?」
「ふーん」

 悠人君は納得のいかない声で返事をして、子供たちの輪の中に走っていった。

 ……なんだか悠人君、マオ君のことを怪しんでるみたいだな。
 疑惑を晴らしたいけれど、子供たちが遊んでいるところに大人が口出しするのも野暮だし。
 大丈夫かな……。