翌朝も良い天気だった。
廉冶さんは今日もお仕事がぎっしり入っているようで、あちこちに電話したり書類を作ったり、バタバタしていて忙しそうだ。
想像だと、書道家の生活ってもっとのらりくらりと、いかにも芸術家だと思っていたけれど、廉冶さんが特殊なのだろうか。
お昼ご飯の時三人揃ったので、私はマオ君に幼稚園の話を切り出した。
「マオ君、今度幼稚園に遊びに行ってみようか」
マオ君は、右手に持っていた彼専用の小さいフォークをぽろりと机に落とした。
あ、あれ? てっきり喜ぶと思ったのに。
マオ君は明らかにショックを受けた表情になり、俯いてしまった。
予想外の反応に、私と廉冶さんは顔を見合わせる。
しばらく待っていると、マオ君は決意したようにきゅっと顔をあげて抗議する。
「それ、誰の策略ですか!? 僕とお父さんを引き離そうとしていますか!?」
「策略ってお前な……俺だよ俺、俺が言い出したんだよ」
それを聞いたマオ君は、さらにショックを受けたようだ。
マオ君は小さな肩をぷるぷるさせながら、力説する。
「僕はお父さんと一緒にいられるほうがいいです!」
力がこもっているからか、猫耳と尻尾がぴょこんと現れる。
廉冶さんはいつものように余裕のある表情で、マオ君の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「無理にとは言わねぇけど。でも幼稚園に行けば、友達たくさんできるぞ」
「そんなのいりません!」
マオ君って、本当にお父さんっ子だなぁ。
でも小さい子ってそんなものかも。私も初めて幼稚園に行った時、お母さんと離れたくなくてびゃーびゃー泣いてた気がするもの。
私はマオ君に優しく言った。
「マオ君、一回だけでも遊びに行ってみようよ」
「だけど……」
「幼稚園に行ったら、色々教えてくれるんだよ。砂場とか、大きな滑り台もあるし」
「砂場……」
あ、ちょっと反応してる。しっかりしてそうに見えても、まだ子供だ。
しかしマオ君は、ぷるぷると首を横に振った。
「い、家でも砂遊び、できます!」
「でも幼稚園だと、遠足とか大きなプールもあるし、お泊まり会とかもあるんだよ。きっと楽しいよ」
そう言われたマオ君は、腕を組んで考え込む。
真剣に考えているからか、しっぽがふにゃふにゃと揺れていた。
かわいくて思わず笑ってしまいそうになって、私はぎゅっと口を結んだ。
それからマオ君は、真ん丸な瞳で廉冶さんを見上げた。
「お父さんは、僕は幼稚園に行った方がいいと思いますか?」
「あぁ、幼稚園に行けば立派な大人になれるぞ!」
また適当なことを言って……。
しかし純粋なマオ君はその言葉を信じ、ピッと片手をあげて宣言する。
「分かりました! 僕お父さんみたいな立派な大人になるために、幼稚園に行ってみます!」