「大丈夫だよ。戸籍上は、普通に俺の息子ってことになってるからな」
「そうなんだ」
マオ君は廉冶さんのことが大好きなんだろうけれど、廉冶さんは人気の書道家だからか、毎日仕事に追われて忙しそうだ。
仕事がたくさん入っている時は、普通に会話することすら気を使ってしまう。
そんな時マオ君は、廉冶さんと話せないのも理解した上で、廉冶さんの部屋の前の縁側に寝っ転がって絵を描いたりしている。
喋れなくても近くにいたいという思いが伝わってきて、何ともいじらしい。
私はできるだけマオ君に話しかけているから、その成果もあり、最近はやっと日常会話くらいはしてくれるようになったけど、まだ表情にはかたさが残っている。
やはりマオ君も、同じ年頃の子供と遊べた方がいいだろう。
私はさっき悠人君が着ていた制服を思い出す。白いポロシャツに短パン、それに小さなリュックと黄色い帽子。マオ君もきっと似合うだろうなと想像すると、つい口元が緩んだ。
「お友達ができたら、楽しいだろうね。でももうすぐ七月だよ? 年度の途中に入園って出来るのかな?」
「あー、大丈夫大丈夫。この島、一個しか幼稚園がないんだ。ちなみに小学校と中学校と高校も一個ずつしかねぇ」
そうか、人口も少ないし子供の数も少ないから、学校の数も少ないんだ。
「そんで、その幼稚園の園長が知り合いでな。まぁこの島に住んでる人間の顔なんて、ほとんど知ってるけど」
「確かに。島全体が知り合いって雰囲気で、何かニュースがあったらすぐ島中に伝わるもんね。裏のおばあさんがぎっくり腰になったとか」
「そうそう。そんな感じだから、手続きとか緩いんだ。いつでも来ていいってよ。とりあえず、電話したら体験入園で受け入れてくれるって」
「そうなんだ、それなら安心だね」
廉冶さんは落ち着いた様子で頷いた。
「提案しておいて悪いんだけど、ちょっとここ数日忙しくってさ。もしよかったら、弥生の都合のいい時に、連れて行ってもらえるか?」
「うん、もちろん! 場所はどこにあるの?」
廉冶さんは立ち上がって縁側から島を見下ろし、坂道を指さした。
「ここの坂をずっと真っ直ぐ降りて行くだろ。それから右の道を曲がると、白い建物があるだろ」
「あ、あそこが幼稚園なんだ。分かった。あ、でも……」
「何だ?」
「マオ君、たまに油断している時とか、耳と尻尾が猫に戻っちゃうよね」
廉冶さんはそうだな、と返事をして続ける。
「まぁそこらへんも含めて、他の人間と共同生活できるようにってのも幼稚園に通わせる目的の一つだ。最初は危ない場面もあるかもしれねぇけど、毎日行ってるうちにうまく隠せるようになるだろ」
「だ、大丈夫なのかな」
私は大勢の子供の前で猫の耳と尻尾が出てしまったマオ君の姿を想像して、胃がきゅっと痛くなる。
「そもそもマオ君、私と廉冶さん以外の人とほとんど話さないでしょう。もうちょっと、少しずつ慣れる機会を作っていったほうがいいんじゃない?」
そう提案すると、廉冶さんはカラカラとおかしそうに笑った。
「なんだ、弥生はすっかり母親っぽくなってきたな。俺は嬉しいよ」
私はむすっと頬を膨らませる。
「廉冶さんが適当すぎるの!」
「まぁなんとかなるって。幼稚園だって、一学年五・六人しかいないし」
「そうかなぁ……」
本当に大丈夫だろうか。廉冶さんって、大物なのか適当なのか分からない時があるな。