青年の案内によってたどり着いた場所は大きなお屋敷のような場所。
都会化が進む現代ではなかなか見ることの出来ないほどの規模と昔を感じさせられる和風な家。
青年は慣れた感じで木の門を潜り、池や松の木がある広い庭を歩く。
庭園を歩いてる途中、琥珀が僕の袖をくいっくいっと引っ張った。
「どうした?」
歩きながら琥珀の方を見るともの哀しげな表情で青年の方を見てから僕を見た。
「ーー主様……ピカピカさん元気がないよ」
ピカピカさん……
青年の方を見ると玄関にたどり着き横扉を開いている。僕は玄関の前で立ちどまると安心させるように琥珀の頭を撫でて微笑む。
「そのために僕がここに来たんだから」
「……主様」
琥珀の言いたい事は僕にもなんとなくわかった。琥珀は霊感が強い。というか、妖だから霊が見える。
そのため、さっきから見えてるんだろう……青年の父親が……
僕には見えないからわからないけど。
でも、琥珀が見えてるというのだからこれはもう手遅れかもしれない。
僕と琥珀が通された場所は広い寝室。そこの中央にある布団には老人が横たわっている。
頬が痩けて目も窪んでいて誰が見てもこの先を期待できそうにない姿だ。
でもまだ辛うじて息がある。
「どうだ? もうボケてるどころじゃねぇだろ」
青年は眉を下げ、形だけの笑みを見せると老人の傍らに胡座をかいて座った。
傍らに寄り添っている青年は今さっきまでの威勢はなくなりとても優しく悲しそうな顔。
これが家族愛というもの、か。
これだけでも十分感動的だが、こんな風な綺麗な物語は山ほどある。僕が求めるものはもっと本には綴られないような闇の部分。
僕は彼の父親に近づき、頭上に行ってしゃがみこむと人差し指と中指を父親の額に当てる。
「お前、なにやってんだ?」
「僕が少しだけ力をあげますよ」
「……ちから?」
指先が微かに暖かくなり父親の血色が良くなっていく。
青年はそれを目を丸くして見ていた。
そっと指を離し颯爽と壁側の開きっぱなしになっている障子の所にいる琥珀の方へ向かう。と琥珀に右スネを蹴られた。
「いだいっ!」
物理的な痛さと琥珀に蹴られたという精神的痛さが同時に起こり右足を抑え込むと僕の前に来た琥珀は真っ赤な顔をして睨んだ。
目にはいっぱいの涙が溜まっていて何を言いたいかは察しがつく。
「なんで寿命減らしたの? まだもう少し生きられるのに……」
……やっぱり琥珀にはバレたか。
確かに僕は魂を弄れる特殊な力を持ってて今この人の寿命を減らした。
だいたいあと1週間生きられるところを5分程度にした。
一見聞くと最低な事をしてるようだが、これは僕なりの気遣いだ。
僕が父親と青年の方を見ると父親が「あ……あ……」と嗚咽をこぼし始める。
「親父!」
青年は驚きを隠せない面持ちで震える手で父親の上半身を抱えた。
「私は……もう長くない……いい……父親……になれなく……て、ごめ……んな……」
父親の言葉に感極まった表情で必死に首を横に振る。
その顔は父親を殺そうとしてたとは思えないほど愛情に溢れている。
……なんで人間は最後を美しく飾ろうとするんだろう。これじゃあ、物語と全く一緒ではないか。もっと人間らしい恨みつらみの展開を求めてたのに。
「陽太……それと、そこのお嬢ちゃん達……私を頑張らせてくれてありがとう」
そこまで言うと父親は力なくカクッと首を傾け動かなくなった。
最後はかなりハッキリ話せてた。これが底力ってやつか。
「親父! 親父! おやじいいいい!!」
悲痛の叫びのような呼び掛けに琥珀は耳を塞いでしゃがみこんだ。
「主様のせいだ……主様のせいだ……」
と、呟きながら。
良い事をしたと思ってたのに、こうやって責められると気分はよくないが、同時に無知な琥珀に対しての愛らしさが膨らんでくる。
後で僕の考えを説明してあげよう。
でも、まずは。
僕は青年の傍に近寄り肩に手を置いた。
「あんた……」
「よかったですね。お望みが叶って」
僕が笑顔で言うと青年は泣き腫らして真っ赤にした目を釣りあげた。それから、僕の胸ぐらを掴んでくる。
「っざけんな!」
「ふざけてないですよ。だって、殺したいって言ってたじゃないですか?」
僕は表情を変えず懐から革の本を取り出し青年の胸元に押し付けた。
梶井基次郎さんの本。
やっぱりこれを持ってきて正解だったね。
「なんだよ……これは?」
「僕のおすすめの本です。中でも『檸檬』という物語は今の貴方にピッタリです。力になると思います」
青年は呆然とした様子で受け取りはしたが、すぐに威嚇した猫のように目を釣り上げ、投げ捨てた。
本は背表紙を上にして床の上に開脚するような形で開かれる。
あ、本が……
「てめぇ、俺の事舐めてんだろ……」
怒りに満ちた表情で青年は指をポキポキと鳴らす。
なんでそんなに怒ってるのか僕には理解ができない。僕はいいことをして気分がよくなった。青年は願いが叶った。ウィンウィンだと思ったのに。
なんでだろ? こういうのがわからないから普通じゃないって言われるのかな。
ま、兎にも角にも殴られるのは嫌いだから抗わせてもらうけど。
「殴るのなら僕は貴方の魂奪いますよ?」
ヘラッと笑いながら脅すと青年は眉間にシワを寄せて警戒し、拳を下げた。
「お前、何者なんだ?」
都会化が進む現代ではなかなか見ることの出来ないほどの規模と昔を感じさせられる和風な家。
青年は慣れた感じで木の門を潜り、池や松の木がある広い庭を歩く。
庭園を歩いてる途中、琥珀が僕の袖をくいっくいっと引っ張った。
「どうした?」
歩きながら琥珀の方を見るともの哀しげな表情で青年の方を見てから僕を見た。
「ーー主様……ピカピカさん元気がないよ」
ピカピカさん……
青年の方を見ると玄関にたどり着き横扉を開いている。僕は玄関の前で立ちどまると安心させるように琥珀の頭を撫でて微笑む。
「そのために僕がここに来たんだから」
「……主様」
琥珀の言いたい事は僕にもなんとなくわかった。琥珀は霊感が強い。というか、妖だから霊が見える。
そのため、さっきから見えてるんだろう……青年の父親が……
僕には見えないからわからないけど。
でも、琥珀が見えてるというのだからこれはもう手遅れかもしれない。
僕と琥珀が通された場所は広い寝室。そこの中央にある布団には老人が横たわっている。
頬が痩けて目も窪んでいて誰が見てもこの先を期待できそうにない姿だ。
でもまだ辛うじて息がある。
「どうだ? もうボケてるどころじゃねぇだろ」
青年は眉を下げ、形だけの笑みを見せると老人の傍らに胡座をかいて座った。
傍らに寄り添っている青年は今さっきまでの威勢はなくなりとても優しく悲しそうな顔。
これが家族愛というもの、か。
これだけでも十分感動的だが、こんな風な綺麗な物語は山ほどある。僕が求めるものはもっと本には綴られないような闇の部分。
僕は彼の父親に近づき、頭上に行ってしゃがみこむと人差し指と中指を父親の額に当てる。
「お前、なにやってんだ?」
「僕が少しだけ力をあげますよ」
「……ちから?」
指先が微かに暖かくなり父親の血色が良くなっていく。
青年はそれを目を丸くして見ていた。
そっと指を離し颯爽と壁側の開きっぱなしになっている障子の所にいる琥珀の方へ向かう。と琥珀に右スネを蹴られた。
「いだいっ!」
物理的な痛さと琥珀に蹴られたという精神的痛さが同時に起こり右足を抑え込むと僕の前に来た琥珀は真っ赤な顔をして睨んだ。
目にはいっぱいの涙が溜まっていて何を言いたいかは察しがつく。
「なんで寿命減らしたの? まだもう少し生きられるのに……」
……やっぱり琥珀にはバレたか。
確かに僕は魂を弄れる特殊な力を持ってて今この人の寿命を減らした。
だいたいあと1週間生きられるところを5分程度にした。
一見聞くと最低な事をしてるようだが、これは僕なりの気遣いだ。
僕が父親と青年の方を見ると父親が「あ……あ……」と嗚咽をこぼし始める。
「親父!」
青年は驚きを隠せない面持ちで震える手で父親の上半身を抱えた。
「私は……もう長くない……いい……父親……になれなく……て、ごめ……んな……」
父親の言葉に感極まった表情で必死に首を横に振る。
その顔は父親を殺そうとしてたとは思えないほど愛情に溢れている。
……なんで人間は最後を美しく飾ろうとするんだろう。これじゃあ、物語と全く一緒ではないか。もっと人間らしい恨みつらみの展開を求めてたのに。
「陽太……それと、そこのお嬢ちゃん達……私を頑張らせてくれてありがとう」
そこまで言うと父親は力なくカクッと首を傾け動かなくなった。
最後はかなりハッキリ話せてた。これが底力ってやつか。
「親父! 親父! おやじいいいい!!」
悲痛の叫びのような呼び掛けに琥珀は耳を塞いでしゃがみこんだ。
「主様のせいだ……主様のせいだ……」
と、呟きながら。
良い事をしたと思ってたのに、こうやって責められると気分はよくないが、同時に無知な琥珀に対しての愛らしさが膨らんでくる。
後で僕の考えを説明してあげよう。
でも、まずは。
僕は青年の傍に近寄り肩に手を置いた。
「あんた……」
「よかったですね。お望みが叶って」
僕が笑顔で言うと青年は泣き腫らして真っ赤にした目を釣りあげた。それから、僕の胸ぐらを掴んでくる。
「っざけんな!」
「ふざけてないですよ。だって、殺したいって言ってたじゃないですか?」
僕は表情を変えず懐から革の本を取り出し青年の胸元に押し付けた。
梶井基次郎さんの本。
やっぱりこれを持ってきて正解だったね。
「なんだよ……これは?」
「僕のおすすめの本です。中でも『檸檬』という物語は今の貴方にピッタリです。力になると思います」
青年は呆然とした様子で受け取りはしたが、すぐに威嚇した猫のように目を釣り上げ、投げ捨てた。
本は背表紙を上にして床の上に開脚するような形で開かれる。
あ、本が……
「てめぇ、俺の事舐めてんだろ……」
怒りに満ちた表情で青年は指をポキポキと鳴らす。
なんでそんなに怒ってるのか僕には理解ができない。僕はいいことをして気分がよくなった。青年は願いが叶った。ウィンウィンだと思ったのに。
なんでだろ? こういうのがわからないから普通じゃないって言われるのかな。
ま、兎にも角にも殴られるのは嫌いだから抗わせてもらうけど。
「殴るのなら僕は貴方の魂奪いますよ?」
ヘラッと笑いながら脅すと青年は眉間にシワを寄せて警戒し、拳を下げた。
「お前、何者なんだ?」