『ーーだから私は本になりたいんだよ』

耳元で囁かれたかのようにハッキリと聞こえる青年の声。
愛おしく、懐かしい声だがもう二度と聞きたくない声。
いや、二度と聞きたくないんじゃない二度と聞けないんだ。

……夢、か。

そう気づいた時朝の光が瞼の上から仄かに差し込み目が覚めた。
寝ぼけた頭でくわぁっと大きく欠伸をするとホコリを吸ってしまいむせ返った。
夜はだいぶ涼しいと思っていたが、身体は暑かったらしく寝巻きに使っているTシャツが胸下までめくれている。
だらしなくお腹をかきながら上半身だけ起こし、今度は空いてる手で口を抑えもう一度欠伸をする。

お店のカウンターの奥にあるちょっとした小スペースが僕の家。
部屋の中はキッチンも家具もテレビも何も無く、布団と着替えしかないがそれでも何とか生活出来ている。
唯一店にある水道とトイレは使えるからそれだけが救いだ。

僕はのそのそと長袖のワイシャツを着てカーキ色の短パンを履き、黒色の紐リボンを首に巻いた。
これが普段の仕事着。

店の入り口の扉を開け、外に出る。
セミが大合唱をしていて、それを聞いてるだけでも暑くなってくる。
僕はひまわりのように太陽の方向を見ると、もうかなり高く上がっていた。
この位置だとお昼くらいだろうか。
カンカン照りの太陽は外に居るのを許さないくらいの熱を放っている。
そのせいか、外に出て1分も経っていないのに首筋に汗の雫が伝った。

「そういえば、昨日琥珀(こはく)来なかったなぁ……」

ふと、昨日の事を思い出してそう呟くと非常に悲しくなってくる。
言霊という言葉がある通りマイナスの言葉を吐くと気分が下がる。
起きたばかりなのにテンションが下がった僕は大きくため息を吐いて肩を下げた。
僕は重たい体を無理やり動かし背を向けていた店と向き合う。
茶色い壁の倉庫のような真四角のお店。入り口の両開き扉の上に掲げてある“古本屋”と書かれた木でできた看板が心做しか傾いているように見える。

僕がしょげてるから看板も傾いたのかなぁ。

なんてバカげた事を考えたのは暑さのせいかそれとも昨日琥珀が来なかったせいか。
看板が傾いて見えるのも自分の身体がダルそうに傾いているから。そんな事も気づかず汗で道しるべを作り扉に手をかけた。
軽く扉を押して開くと本達が視界に入った。

と、その途端何かが覚醒した。

「暗くなっちゃダメだ!」

しょげている自分に喝を入れるつもりで両頬を叩いて前を向いた。
道行く人達がチラッと視線を送ってるが気にしない。
ついでに情緒不安定なのも暑さのせいにしとく。

僕は両拳を作って大きく上に伸ばした。

「暑さなんて関係ない! 今日も元気に行こう!」