思った通り、厩舎番は城を出たときとは違う人間に交代していた。だから私は、また金を握らせる。厩舎番はそれを当然のように受け取った。
 どうやら異変は起きていない。私は息を吐く。
 背後に隠れていた王女を連れて、厩舎を出て、中庭に向かう。道すがら、王女は外套を脱いでいた。
 そのまま中庭で解散、となる予定だったが、そこに先客がいた。
「おかえり」
 楡の木に背中を預けて表情を動かさずそう言ったのは。
 第五王子。
 私の身体は硬直して動かなくなった。
「アレスお兄さま」
 だが王女は、私の前に立ちはだかるように歩み出た。
「私の話を聞いてくださる? お兄さま」
「ああ、聞くよ。ゆっくりとね。もちろん、ジルからも」
 いけない。私が王女の前に出なければ。彼女は私を守ろうと私の前に出たのだ。それは私がやらなければならないことなのに。
 なのに、足が、動かない。
 どうして。どうしてこんなに情けないんだ。
 王子は楡の木から離れ王女の傍に歩み寄ると、その肩を優しく抱いた。だがそれは、逃がさない、といった意味合いのものに見えた。
「ジル、後で話を聞こう。面談室のほうで待っていてくれ」
「……かしこまりました」
 いつもとは違う、厳しい口調。私は王子がこんな声を出すことを知らなかった。
「アレスお兄さま、聞いて」
「だから聞くと言っているだろう?」
 二人は連れ立って、後宮のほうに向かっていく。
 私がこの城から逃げ出すことはできないことを、逃げ出したところで逃げ切れるはずもないことを、王子は知っているのだろう。
 一人取り残された私は、王子が言う通り、あの面談室に向かった。