“甘くないやつで”と、実に淡白な注文をした俺の前に置かれたショートグラスには琥珀色が揺らめいていた。一方、羽賀ちゃんの方はソーサー型のシャンパングラスにオレンジ色が並々に注がれている。どうやらフローズンのようなそれは、見るからに甘そうだ。
「この店で頼むカクテルには全部、名前がないんです」
素敵ですよね、そう呟いた彼女が丁寧にグラスを持ち上げた。倣うように俺もグラスを手に取り、ゆるく傾ければ、ふたつのグラスがぶつかり合う。
かつん、と小さな音が鳴った。
そのまま中身を口に含めば、瞬く間につんとした刺激が鼻腔を突いた。想像よりも遥かにアルコール度数の強いそれに、思わず眉が寄りそうになる。
「真島さんのカクテル、珍しい色ですよね。美味しいですか?」
「美味しいけど…結構アルコールきついな」
「ええ、酔い潰れるんじゃないですかあ?」
くすくすと笑いながら悠々と甘そうなカクテルを煽る姿に、「そんなにやわじゃない」と返した自分の顔にも笑みが零れる。さっきの一次会のざわめきが嘘のように、穏やかに流れる時間を過ごした。
他愛もない話しに花を咲かせながらグラスを煽っていると、2人共あっという間にその中身を空にした。ここで帰るというのは余りにも滞在時間が短すぎて気が引けてしまい、結局2杯目を頼むことにした。
“一杯で帰る”という決まりはなくなってしまったが、羽賀ちゃんが潰れずにいてくれたから、まあいい。
終わり良ければ総《すべ》て良し、そんな言葉が似合う夜だったと思う。