「いやでも、田辺戻ってくるし…」
「田辺くんなら、もうタクシー乗ってますよ」
俺の後方を差した彼女の指を辿るように振り向けば。その言葉通り同僚に支えられながらタクシーに乗り込む田辺の姿があった。
「飲み足りないって言ってましたよね?」
そんな声が鼓膜を揺らした。視線を前に戻すと、にんまりした笑みと対峙する。してやったりという表現がぴったりな笑顔だと思う。
まるで言質を取られた気分になり、降参だと言わんばかりに苦笑を零す。
「田辺みたいに酔い潰れんのは勘弁してくれよ」
あのたったの2時間と少しの間に何度トイレまで付き合ったか分からない。思い出すだけでもさっきまでの疲労がぶり返しそうになっている俺に、羽賀ちゃんは挑発するような目を向け、赤らんだ頬を持ち上げた。
「心配無用です。私、強いんで」
「本当かよ」
「本当ですって!そんな事言って、真島さんこそ潰れないでくださいよ?」
「俺は潰れるまで飲まないから大丈夫。羽賀ちゃんも、一杯だけな」
暴走されたら後々面倒だからと先手を打った。てっきり不服そうな顔をされるだろうと思っていたけれど、予想に反して目の前の彼女の顔は「分かりました」と、やわらかく綻んだ。
「一杯だけでいいんで、その時間、私にください」