「なんでそんな疑惑かけられてんだよ」
そう聞けば、菜穂は絡まっていた視線を不自然に逸らすように目を伏せた。微かに揺れる長い睫毛に気を取られていると「…寝言」と呟く声が鼓膜を擽った。
「寝言で、他の男の名前、呼んでたって」
「……」
きゅっと握り締められた小さな拳が微かに震えているのに気づいて、締め上げられたように喉元が苦しくなった。
「…帰る」
呼吸すら儘ならないまま声を絞り出す。
これ以上ここに居たら、気が狂ってしまいそうだった。
俺を見つめる、泣き出しそうなその瞳をめちゃくちゃにしてやりたくなる。むしろそうしなければ気が済まないとすら思ってしまった。
馬鹿馬鹿しい思考で脳内が埋め尽くされる前に足早に玄関に向かい、外の世界へと身を投じた。当然のように闇に染まった空間で、照らしてくれるものは何ひとつなかった。
ドアが閉まる音を背中に感じながら、もう絶対にここには来ないと誓う。