次第にだらりと垂れた手をきゅっと握りしめた菜穂は、地面に視線を落としてからゆっくりと口を開いた。
「…1回だけだよ」
「回数の問題じゃねえだろ」
「でも、口論になって、つい…って感じだったし…それに、私が悪いから」
途切れ途切れに紡がれる言葉はどれを取っても相手を庇うように聞こえる。それが余計に俺の胸を苦しくさせた。
俺が苦しくなったところで、どうしようもないのに。
「…一体どんな口論になったら、そんなことになんだよ」
ため息混じりに零れたそれは独り言のようなもので、返事がほしかったわけじゃない。もうこれ以上深入りする気もなかった。
「浮気してるんじゃないかって、疑われて」
「はあ?」
けれど小さく落とされた菜穂の声に、玄関に向かうために踵を返そうとした足が止まってしまう。
思わず眉を顰めてしまうのも仕方ない。だってどう考えても菜穂はそんな事をする女じゃない。それは俺が一番理解してる。