ぴたりと動きを止め、こちらに振り返った菜穂から「…え?」と、困惑したような声が返ってくる。
「どうしてお父さんはお母さんを叩くのって、さっき太陽が言ってた」
補足するようにそう言えば、菜穂はすぐに困ったような笑みを見せる。
「なにそれ、そんなこと言ってたの?」
「…」
「そういう夢でも見たのかな」
あはは、と乾いた声を零しながら横髪を耳に掛けようとする、その仕草を捉えた瞬間、身体が勝手に動いていた。
「――やめろよ、それ」
一気に距離を詰めて、衝動のままにその細い手首をがしりと掴めば、黒目がちなその瞳が大きく見張られる。
心底驚いたような表情が視界を埋め尽くす中、掴んだ手をそのままに言葉を続けた。
「嘘つくとき、誤魔化したいとき、お前いつもそうやって髪掛けようとすんだよ」
「…」
「知らなかっただろ」
菜穂の瞳が揺れるのを、間近で感じた。
「隠したいなら、もっと上手くやれよ」
吐き捨てるようにそう言いながら、掴んでいた手首から自身の手を離した。その動作は、突き放すようなものだったかもしれない。