「じゃあなんで、おとうさんは帰ってこないの?」
「…」
本当に、難儀すぎる。そんな事を俺に聞かれても答えが分かるわけがない。それはきっと、菜穂とその男にしか知り得ない事だ。
知りたいとすら思わない事を聞かれて、ただ口を噤むしかできなかった。
そんな俺に追い打ちをかけるように、太陽は疑問を詰め込んだような瞳を向けながら、もう一度声を発した。
「どうして、おとうさんはおかあさんを怒るの?」
「…」
「どうして、おとうさんはおかあさんをたたくの?」
「…」
答えを待っている瞳と、無言で視線をぶつけ合った。物音ひとつすらしないこの空間では、太陽の息遣いでさえ大きく響いているように感じる。
「…もういいから、寝ろ」
結局何も答えられなかった俺は、そんな言葉を掛ける事しか出来なかった。
腑に落ちない表情を浮かべ「えー」と駄々を捏ねていたけれど、何度か頭を撫でてやれば嬉しそうに頬を緩ませて、やがてその瞳を閉じた。
しばらくして聞こえてきた寝息を耳に受け止めながら、さっきの太陽の声が頭の中でぐるぐると回った。