「なんにもないでしょ」


俺の心境を読み取ったように、菜穂の声が掛かる。眉を下げて笑いながら、菜穂は言葉を続けた。


「ここ、元々は一人暮らし用に借りてた部屋らしくて。もうずっとこのままなの」


3人で暮らすには少し手狭だけれど、1人で暮らすには広すぎる。そう感じる間取りだった。


「ここで3人で暮らしてんの?」


確認するようにそう聞いた俺に、菜穂は曖昧に笑う。


「ほとんど太陽と私、2人しか使ってないよ。あの人は別に部屋を借りてるみたいだから」

「…わざわざ?」

「うん。他人と暮らすのが、無理なんだって」


それは自分がここに居るのと同じくらい、異様なことに思えた。

俺が口を開きかけたその時、家に入るなりどこかへ一目散に駆けて行った太陽がバタバタと忙しない足音を立ててリビングに戻ってきた。


「あっくん、こっち!」


がしりと掴まれた手が引かれるままについて行く。太陽は3つ並んだ扉のうち、一番奥のそれを開けては俺を見上げて笑う。

ぼくの部屋だよ、と舌足らずな声を耳に受け止めながら視線を巡らす。6畳ほどの部屋にはたくさんのオモチャや本が散乱していて、奥の方に小さなテレビがあった。

閑散としていたリビングとは打って変わって、この空間は物で溢れている。その事にどことなく安堵しながら、またもや手を引かれるままにその場に足を踏み入れた。