ご機嫌になった太陽と手を取り合って、2人の帰路である道を辿った先にあったのは、如何にも洒落た外装の高層マンションだった。
家の前で別れる事も考えたが、太陽は家の中に招く気満々といった様子で俺の手をぐいぐいと引っ張る。
引っ張られるまま乗り込んだエレベーターの中で、菜穂が手慣れた様子で“9”のボタンを押した。
箱が上昇していくのを感じながら、一体自分は何をしているんだろうとふと我に返る。
道理に外れた事を一番嫌っていたくせに、自らその道に飛び込もうとしている。そのくせ、もう引き返す気にもなれないのだから馬鹿としか言いようがない。
これから、菜穂が手にした幸せな日常をまざまざと見せつけられるんだと、ある程度の覚悟はしていた。
けれど促されるままに足を踏み入れたその場所は、予想に反したものだった。
シンプルといえばシンプルなのかもしれない。けれど殺風景ともいえる部屋の中には、本当に必要最低限の家具しか揃えられていなかった。
広すぎるほど広いリビングには、申し訳程度に置かれている丸いローテーブルと白いソファのみ。ダイニングテーブルはおろか、テレビすらない。
装飾品もなく、唯一あるのは食器棚の上にぽつりと置かれた写真立てだけ。生まれたばかりであろう太陽の写真だけが、さびしく飾られていた。