ダムが決壊したようにボロボロと涙を流すその頬に、自然と手が伸びていた。下降する手を追うように、その場にしゃがむ。

さっきよりも近くで涙に濡れた瞳と対峙して、よりいっそう胸が苦しくなった。



「…旦那、そんなに帰ってこねえの?」


太陽の涙を親指で拭いながら静かにそう問いかければ、菜穂は少しの間を置いて言いにくそうに口を開いた。


「…まあ、うん」

「まったく?」

「ここ最近は…、うん」

「じゃあ、今日は?」


馬鹿じゃないのかと聞かれたら、頷くしかないのだと思う。



「今日は、帰ってこねえの」


目の前で泣きじゃくる小さな存在に、幼い頃の自分を投影しているのか。うそつき、と詰められた事が痛くて、偽善を振りかざしているのか。どっちにしろ、馬鹿な事を聞いている事は理解していた。



「帰って、こない」


誰が?なんて、菜穂は聞かなかった。俺も誰が、とは言わなかった。

決定的な言葉を口にしなくとも、俺が何を言わんとしているのか菜穂は分かっているようだった。長年 培《つちか》ってきた阿吽の呼吸がこんなところで活かされるなんて、笑い話にもならない。