「外回り行ってきます」
はーい、だとか、行ってらー、だとか。間延びしたいくつかの声を浴びながら、身支度を済ませてデスクを後にする。
ついさっきも歩いた廊下に足を進めながら思い出すのは、遠い日の記憶。
『子供、3人くらい欲しいよね』
記憶の中の愛しい人は、まだ少しのあどけなさを残す顔で無垢な笑顔を浮かべる。希望をありったけに詰め込んだような瞳で俺を見つめ、ただ笑っていた。
母一人子一人で育ったからか、あいつは人一倍それへの執着が強かったと思う。自分が一人っ子で寂しい思いをしてきた分、自分の子供には姉弟を作ってあげたいんだと、何度も言っていた。
『おっきい家建てて、広い庭で子供たちと遊びたいなぁ』
『ほら、プールとかバーベキューとかしたら絶対楽しいと思わない?』
思い出すのはあいつの言葉ばかりで、それに自分がどう返していたかは思い出せない。けど、きっとその全てに頷いて受け入れていたと思う。
俺にとってはあいつが全てだった。あいつが望むものならなんだって与えてやりたいと、本気でそう思っていた。
あいつも俺も、そんな未来がいつか訪れるんだと信じて疑わなかった。当たり前のようにその未来が存在していると思い込んでいた。だからこそ、あんなに苦しかったんだと思う。