その言葉に菜穂は一瞬、ほんとうに一瞬、目を見張ったけれど、すぐに柔らかく笑った。
「幸せだよ」
地面に視線を落としながら、はらりと落ちた横髪を耳に掛ける。
「…すごく、幸せ」
それはきっと、俺が求めて止まなかった言葉だった。
変わっていないものから目を逸らし、見なかった振りをした。ゆるく頬を持ち上げながら「よかったな」と静かに落とした俺の声に、菜穂は昔と同じ笑みを向ける。「ありがとう」そんな、言葉を添えて。
「…真島くんは、」
「…」
「…真島くんは、幸せ?」
控えめなその問いに、思わず笑ってしまった。「幸せだよ」と当然のようにそう言った唇は、嘯《うそぶ》く事しか知らないみたいで、もっと笑えた。
「そっか…、よかった」
「…」
うん、よかった、と。呟くようにそう繰り返した後、柔らかい笑みを向けられて、どうしようも抱き締めたくなった。
今すぐにでも伸ばしてしまいそうになる手をぐっと握り締め、青すぎるほどに青い空を仰いでは目を閉じる。
じりじりと焦げ付くほどの太陽の光を浴びながら、合わせた目蓋の隙間に、たまらなく愛おしい記憶を追いやった。
もう決して互いの人生が交わる事はないんだと、言い聞かせながら。