「呼び方、気を付けたほうがいいんじゃねえの」
「え?」
「さっき普通に“はじめまして”つったじゃん」
「…あ、そっか」
しっかりしているのかいないのか、よく分からない。そういうところはいつまでも変わっていないんだと実感する。
真面目なくせにどこか抜けていて、目を離したらフラフラとどこかへ行ってしまいそうな危うさを常に持ち合わせていた。
だからいつどんな時でも自分の目の届くところに置いておきたかった。
そう願って止まなかったあの頃の自分を思い出して、不甲斐なさに押し潰されそうになる。
「じゃあ…真島くん、って呼ぶ」
少し困ったように眉を下げて笑うその顔から流れるように視線を外した。その呼び方は学生の頃を思い出す。どっちみち痛む胸を、取り繕った笑みの下に隠した。
もうここに居るのは出会った頃の“藤谷《ふじたに》 菜穂”ではなく、俺と人生を共にする事を誓った“真島《ましま》 菜穂”でもない。
「そうして、“杉本さん”」
俺の知らない、他の男の姓を名乗る女なのだと、そう言い聞かせるようにその名を紡いだ。