地獄のような空気が流れるなか「ママ」と、鈴を転がしたような可愛らしい声が響く。視線を移すと、羽賀ちゃんの娘の凛ちゃんが、羽賀ちゃんの服をくいくいと引っ張っていた。


「ん?どしたの、凛?」

「おしっこしたい」

「え!まじで!ちょっと待ってね、まだ我慢ね!」


娘をがばっと抱き上げた羽賀ちゃんは「ちょっと外します~!」と添えて、嵐のように去って行く。その姿をぼうっと見つめていると、向かいから控えめな声が掛かった。



「…小夏ちゃん、あっくんと同じ会社に勤めてるんだね?」



当たり前のように紡がれたその愛称に、胸がまた締め付けられる。平静を装って、口を開いた。



「まあ、うん。知らなかった?」

「……うん、知らなかった」


少しの間を置いて、ごめんね、と小さく謝られた。やっぱりその謝罪が何を示しているのかが分からなくて「てかさ」と話題をすり替えるように声を繋いだ。