「トイレ寄ってからくるって言ってたよ」
「そうそう、タイヨウくんがしたいって言いだして」
「場所は教えてるから、もう少しで着くんじゃないかなあ?」
ナホ と タイヨウ。
記憶に鮮明に刻まれた名前が矢継ぎ早に飛び出してきて、胸のあたりがざわついた。
まさかとは思いつつも、この小さな町では実は知り合い同士が繋がっていた、なんて事は日常茶飯事だ。あれこれと巡らせていた思考が、羽賀ちゃんの大きな声で遮られた。
「あ、菜穂ちゃん!こっちこっち!」
視線の数メートル先、小さな子供の手を引いて歩いてくる人物を捉えたと同時、あまりにも重なりすぎた偶然を呪った。
すぐに目の前に来たその女は特に驚いた様子もなく俺に向かってぺこりと頭を下げる。
さすがだな、と思った。もう前に進んでいる奴は、置き去りにした人間の事なんか疾《と》うに“過去”として清算している。
「菜穂ちゃん、この人が同じ会社の上司で、真島さんね。そして真島さん、こちらは保育所のママ友のひとりの、杉本菜穂ちゃんです!」
何も知らない羽賀ちゃんがいつもとなんら変わらない笑みを見せて、もう既にお互いの素性なんて知っている俺たちの仲を取り持つ。
ゆっくりと視線を絡ませた菜穂は「こんにちは」と、ムカつくほどに完璧な笑みを纏う。
「はじめまして、真島さん」
「こちらこそ、はじめまして」
お互いに貼り付けたような笑みを浮かべながら、馬鹿みたいな言葉を交わした。