息が、上手くできない。
輝くほどの笑顔を浮かべた小さな子供は折れそうなほどに頼りない指で俺を差した。その指を辿るように向けられた女の視線は、ただ茫然とその光景を見つめるしかできなかった俺のそれと、音もなく重なり合った。
「…あ、っくん…?」
いっそのこと、気を失ってしまえた方が楽だった。
みるみるうちに開かれていく菜穂の瞳を、俺はただ見つめ返すしかできなかった。言葉を失う俺たちの間で幼児特有の愛らしい声が「あっくん?」と、その愛称を復唱する。
その声に反応した菜穂は流れるように俺から視線を外した。隣に立つ小さな存在の頭を撫でながら「ちゃんと挨拶した?」と聞くその姿は、どこからどう見ても“母親”だった。
「太陽です!もうすぐ、4さいです!」
小さな手の平をピシリと挙げながら元気よく放たれた声が脳天にまで響き渡る。頭がガンガンした。自分が今、きちんと地に足をつけて立てているのか、そんな事すらも分からなくなる。
言われた通りに挨拶をした息子を、菜穂は愛おしそうに細めた瞳で見つめていた。それが、以前自分に向けられていたものと重なる。