「うそ、全然分かんないよ。何キロくらい太ったの?」
「んー、4キロ?」
「えっ!なんでまたそんなに?」
俺が特別太り易い体質ではない事を知っているからか、菜穂は少し神妙な面持ちを向けてくる。そんな菜穂に「ただの食べすぎ」と返しながら、禁煙してたと言ったらどんな顔をするんだろうと頭の隅で考えた。
相変わらず菜穂の事ばかり考えている俺を笑うだろうか。もういっそのこと、そんな俺に憐れみでも抱いて、ずっと側に居てくれないかとも思う。
いくら歳を重ねても未だにそんな子供じみた事が頭に過ってしまう自分を静かに嘲笑しながら、話題を切り替えるように声を紡いだ。
「太陽は?」
駅前を抜ければ、さきほどまでの喧騒が少し遠のいた。人目を惹きつけるようにあちこちでキラキラと輝くネオンを視界の隅に捉えながら、横目で菜穂を見遣る。当たり前のように重なった視線に、胸が少しだけ苦しくなった。
「お母さんに見ててもらってる」
「そっか。…泣いてねえかな」
「ふふ、大丈夫だよ。あの子、おばあちゃん子だから」
やわらかく微笑む菜穂の横顔を見て、「なら良かった」と安堵を表したような声が零れた。
「なるべく早く帰んねえとな」
「…」
「とりあえず、どっか入るか。腹減ってる?」
辺りに視線を巡らせながらそう問いかけた俺に、菜穂はぴたりと足を止めた。続くように俺も足を止め、少し後ろにいるその姿を振り返る。静かに「菜穂?」とその名を呼べば、伸びてきた小さな手が俺の服の裾をきゅっと掴んだ。
「今日、帰らないって言ってある」
「…」
この暗闇の中でも分かるくらい、赤く染まった耳から目が離せない。
「…連れて帰って、あっくん」
今にも消えそうな声でそんな事を言われたら、もう理性も建前も、全部が弾け飛んでしまった。