仕事を終えて会社を出た頃には、辺りはすっかり暗闇に染まっていた。溢れ返る人の間を縫うように、待ち合わせ場所である駅の東口へと向かう。
“ついてます”
今から5分ほど前に、シンプルな文章が送られてきた。差出人の欄に羅列されている名前を見るだけで、無条件に胸が疼いた。この日をどれだけ待ち侘びたか、分からない。
知らず知らずのうちに早歩きになってしまっている自分に苦笑する。それでもこの足は、この世界でたったひとりの彼女の元へ向かうためにあるのだと思う。
たくさんの人が行き交う中、その姿を見つけた。やっぱりどれだけの人が溢れていようと、俺の目は彼女を見つけてしまう。遠くからその姿を見つめていると、俺の視線に気付いたのか、菜穂はふと俯き気味だった顔を上げた。
音もなく視線が絡まった刹那、やわらかく微笑まれて、心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「あっくん」
此方に駆け寄ってきた菜穂の声が喧騒に混じって鼓膜を揺らす。「おつかれさま」と見上げてくる瞳に笑顔を返しながら、元気そうな様子にホッと胸を撫で下ろした。
「元気そうだな」
「え?」
「前より痩せ細ってたらどうしようかと思ってたから」
そう言った俺に、菜穂は少し眉を下げて困ったように笑った。風に吹かれた髪を耳に掛ける
、その左手の薬指に以前在ったはずの輝きが忽然と消えているのに気づいて、もう他の男のものではない菜穂が目の前に居るのだと改めて実感する。
「むしろ太っちゃったよ。実家に居るとついつい食べすぎちゃって…」
「奇遇だな、俺も太った」
他愛もない言葉を交わしながら、一緒に足を踏み出した。駅の出口へと向かいながら、隣に立つ菜穂が少し驚いたような声を出す。