これ以上はとても聞いていられずに、咄嗟に言葉を遮った。心成しか若干、菜穂の口調を真似ていたような気がする。それがより一層リアルさを醸し出していて、参ってしまう。

はあーっと長い息を吐き出しながら、片手で顔を覆った。


「いい歳した男を揶揄《からか》うのは良くねえよ」

「ええ~?このくらいの意地悪、させてくださいよ」


茶化すように腕をつんつんと小突かれて、思わず笑ってしまった。本当にこの子には、ペースを乱されてばかりだ。


「今日、会うんですよね」


きっとそれを知っていたから、こうして休憩所まで足を運んで声を掛けてきたんだろう。「うん」と頷けば、相変わらずとびきりの笑顔を向けてくれる。


「思い切りイチャイチャしてくださいね」


へへっと笑いながらそんな言葉を掛けられて、もうお手上げだ。

きっと何も考えていなさそうに見えて、この子はちゃんと自分がどう在るべきかを常に考えているんだと思う。現に俺との仲が気まずくならないように、こうして普段通りに接してくれている。

その優しさとあたたかさに、何度救われたか分からない。



「羽賀ちゃん」


去ろうとする背中に声を投げかければ、彼女は「はい?」と足を止めて振り返った。



「ありがとう」


きっとこんな言葉じゃ到底伝えきれないだろう。戻ってきたこの地に、彼女が居てくれてよかった。恋情には成り得なかったけれど、この気持ちはきっと、俺の中で特別なものだと思う。


一瞬だけ目を丸くした羽賀ちゃんは、すぐに目尻を下げてやわらかく笑った。




「お礼に、誰か紹介してくださいね」


きっと半分本気で半分冗談であろう彼女の言葉に「了解」と返しながら、俺も笑顔を浮かべた。