藻掻くように進んだ道をひたすら戻る。たった数メートルしかないほどのその距離は、駆け出してみるとあっという間だった。
少し乱雑にそのドアを開ければ、玄関先で蹲るようにして顔を手で覆っている菜穂が目に入った。
「…あ、っくん…?」
弾かれたように顔を上げ、見開いた瞳で俺を見る。涙で濡れたその瞳に視線を合わせるように、しゃがみ込んだ。
「そうやって泣きながら縋れば、俺が戻ってくると思ってんだろ」
伸ばした指で頬を伝う涙をそっと拭えば、菜穂はくしゃりと顔を歪めて、嗚咽混じりの声で俺を呼んだ。
「その通りだよ」
「あ、っくん…っ」
「…ほんと、ずるい女」
惨めな自分に嘲笑しながらも、かわいそうなほどに震える、そのちいさな身体を掻き抱くように引き寄せた。応えるように背中に回った菜穂の手に、いとおしさが込み上げてくる。気を抜くと、今にも泣き出してしまいそうだった。
もう同じ気持ちで抱き締め合えることなんて、ないと思っていた。だけどずっと、そんな日が来る事を心の真ん中でずっと願っていた。