「ふざけんなよ」
伸ばした手で、菜穂の左手を掴む。その薬指に放つ輝きを見るたび、心が潰れそうになった。
「こんなもん嵌めて、言う台詞じゃねえだろ」
「…っ」
押し黙るように口を噤む姿に、掴んでいた手を離す。一歩足を踏み出そうとしたところで、菜穂のか細い声が再び鼓膜を揺らした。
「…一回だけ」
「……」
「…ったった、一回だけだったの」
「…」
「なのに、どうして…、私たちあんなに頑張ったのに、なんで…っ」
悲痛な声に胸を引き裂かれそうだった。
「知らねえよ」
今にも崩れ落ちそうな足で踏ん張って、呼吸の仕方さえ見失いそうな苦しみの中で、必死に意識を繋ぎ合わせた。
「…そんなの、俺のほうが、聞きたい」
声を振り絞って、今度こそ足を踏み出す。
振り返らない。心の中でそう決意して、ドアノブに手を伸ばした。
「あっくん…っ」
――行かないで。
ドアが閉まる音に雑ざって、そんな声が聞こえた気がした。