玄関に辿り着き、靴を履く。その間、互いに言葉を発する事はなかった。
シンとした静寂が耳に纏わりついたまま、ドアに手を伸ばす。それを開こうとした刹那、くんっと後方に身体が引っ張られる感覚が走った。
視線を辿らせてみれば、菜穂の小さな手が俺の服を掴んでいる。
「…ごめんなさい」
そのまま振り返った俺に、菜穂は顔を俯かせたまま、消え入りそうな声を吐いた。
「事情が事情だし、別に気にしてな…」
「っそうじゃなくて」
張り上げた声で俺の言葉を遮った菜穂は、俺の服を掴む手にぎゅうっと力を籠めて、顔を上げた。今にも泣きそうな眼差しが、ぶつかる。
「あっくんのこと、たくさん、傷つけた」
「…」
「私、あの時…ずっと誰かに失敗作だって言われてるみたいで、くるし、くて…っ」
言葉の通り、苦しそうに歪んだ瞳から、再び涙が零れ落ちる。見ている方が苦しくなる表情に、思わず眉が寄る。服を掴む手に自分の手をそっと重ねた。
「…もういい。もう全部、終わったことだから」
まるで自分に言い聞かせるように言葉を並べた。そのままその手を引き剥がそうとすれば、それに抗うように菜穂は手の力を強めた。
「…っ私、ずるいの」
「菜穂、」
「もし、あっくんが小夏ちゃんと…って思ったら、嫌で嫌で、たまらない…っ」
ぼろぼろと涙を零しながら放たれた言葉に、いっそう眉を顰めた。身体の奥から沸々と何かが込み上げてくる。
それが怒りなのか、嫌悪なのか、はたまたどちらでもないのか、分からないくらい、感情がぐちゃぐちゃになる。