すーすーと規則正しい寝息を聞きながら、もう一度ちいさな頭を撫でた。静まり返った空間で、さっきの問いが何度も頭の中を反響する。名残惜しさを感じながらも、極力 音を立てないように気をつけて、寝室を後にした。

リビングに戻ると、ソファに腰かけている菜穂の姿が目に入った。



「落ち着いた?」


その後ろ姿に声を掛ければ、菜穂はゆっくりと此方に振り向いて、ティッシュで鼻元を押さえながら、こくりと頷いた。充血したその瞳が痛々しくて、思わず目を逸らす。


「…ごめんね。もしかして、仕事中だった?」


菜穂はずずっと鼻を啜りながら、そう問いかけてきた。俺がまだスーツ姿のままだから、そう思ったんだろう。


「いや、仕事は終わってたから平気」

「…そっか。でも、誰かと居たんじゃない?」

「…まあ、」

「…もしかして、小夏ちゃん?」


これが女の勘ってやつなんだろうか。頭の隅でそう考えながらも、逸らした視線は再びそこに引き寄せられた。泣き腫らした瞳が、じっと俺を見つめている。


「うん」と小さく肯定すれば、その瞳がかなしそうに揺れた気がした。



「2人で飲んでた」

「…そう、なんだ。…邪魔しちゃって、ごめんね」



眉を下げて笑う姿に、どんな表情を返せばいいのか分からなかった。引き攣る寸前のような身体を、くるりと反転させる。



「じゃあ、もう俺、帰るから」


そのまま玄関へと向かう俺の後ろを菜穂がパタパタと小走りでついてくる。その足音を聞くだけで、胸が軋んだ。