「私、全然、良いお母さんじゃないの」

「なりたいのに、なれないの…っ」


追いかけるようにしゃがみ込んで、悲痛に叫ぶ声をただ、聞いていた。

軽いと感じたはずの腕に抱く存在が、今は重いと感じる。それはきっと、命の重さだ。

触れる事のできなかった手を、再び伸ばした。今度こそその頬に触れた指先で、つめたい涙を拭いながら、ゆっくりと口を開く。



「そうやって悩んだり、追い詰めたりするのは、それだけ向き合ってるってことだろ」


人間は誰しもそうだと思う。どうでもいいと思う事に神経を削いだりしない。胸を苦しめたり、頭を悩ませたりもしない。

嘆き、藻掻き、苦しむという事は、それだけその事柄に真っ向から向き合っている証拠だ。少なくとも俺は、そう思う。


静かに放った俺の言葉に、泣きじゃくる菜穂が耳を傾ける。眉を寄せたまま、止まることを知らないように次から次へと流れてくる涙を、絶えずに拭った。



「だいたい子供が求めてる事なんて、そんなに多くない」

「“ありがとう”も、“ごめん”も、抱きしめながら言ってくれたら、それだけで十分だったりすんだよ」


良いところも悪いところも、頑張っているところもダメなところも、いつも見ていてくれている。すべて見た上で、飽きずに笑いかけてくれる。まるで全部を包み込むように、その身の全てを捧げる事を厭わない。


支えられて、育てられているのは、いつも、親のほうなのかもしれない。




「お前は立派な母親だよ」



この世を照らす光のように、あたたかく輝く太陽の存在こそが、もうそれを証明している。

ちいさな子供を褒めるように頭を撫でれば、菜穂はいっそう顔をくしゃりと歪めて、涙を落とした。