菜穂が住む高層マンションに着くと、エントランスの近くで蹲るように丸まっている人影が見えた。足早に近づけば、足音に反応した菜穂が顔を上げる。
涙に濡れた顔のまま弾かれたように立ち上がり、此方に駆け寄ってきた。
「あっくん…っ私、」
「菜穂、」
「私っ、どうしようっ…」
「いいから、落ち着け」
取り乱しながらぼろぼろと涙を零す菜穂の肩を掴んだ瞬間、その細さに静かに驚いた。もともとふくよかな方ではないが、ここまで華奢でもなかったはずだ。
明らかに痩せ細っていると気づいた途端、よりいっそう遣る瀬無さが募った。
「私が、私が目を離したから…っ」
「そのことなんだけどさ」
遮るように声を紡げば、菜穂は大人しく口を噤んで、俺を見上げる。
「太陽が遊んでる間、家の鍵は閉めてた?」
「うん…。鍵はいつも、ちゃんと掛けてあるか確認するし、今日も掛けてた、けど…」
「じゃあ太陽って、自分で鍵開けれんの?」
車内でずっと考えていた事をそのまま口にすると、菜穂は考え込むように数秒の沈黙を作ってから、恐る恐るといった感じで口を開いた。
「…開けれ、ないと思う…」
「じゃあ…」
「でも、ほんとうに、どこにも居なくて…っ」
「うん、分かった。とりあえず家ん中、行ってみよう」
宥めるように、極めて優しい声でそう言えば、菜穂は涙をひとつ零してから静かに頷いた。
思わず、ごく自然にその手を取ってしまっていた。ハッと気付いて慌てて離そうとしたけれど、それに抗うように菜穂の手が俺の手を握り返した。
大して強くもないその力に、すべてを潰されてしまいそうだと思った。
そんな馬鹿な思考を連れたまま、二度目になるその場所へと足を踏み込む。